なんかこのドラマ、すっごく深いわあって感じがしたんですけど、どうでしょう。第1週目から、そうそう、その気持ちわかるわ~って場面が随所に出てきて。でも、主人公のように振る舞えない日常で、桂里奈さんが見たような出来事に遭遇することもない。今日は、色々ぶちまけてくれる主人公桂里奈さんやその周りの人たちの心の動きなんかに注目しながら、理解をすこしづつ整理していきたいと思います。
第1週 |痛みを抱えた友に寄り添う人たち

2014年っていうから今から12年ほど前ね。
主人公の千本桂里奈と二木優美、彼女たちが高校生だったころのバレエ教室シーンから物語は始まったの。
どうやら、二人はラーメン好き。
でも公式みる限り、無類のラーメン好きと設定されるのは、桂里奈ちゃんの方ね。
一方の優美ちゃんの方は、桂里奈とラーマンを食べに行くんだけど、将来の夢、バレーダンサーになることが頭にちらつき、教室の先生が言うようにラーメンがバレーダンサーにとっての天敵ということならば、ラーメンはあきらめるという構え。
一方の桂里奈は、プロダンサーを目指すわけではないという事情もあるけど、ラーメンは食べるし、先生の「ラーメンはバレエの神様への裏切りなの」とか苦言を笑い飛ばしてる。
ママ的には桂里奈ちゃんの反応に共感できるんだけど、ちょっと、その勢いを優美ちゃんの方にも押し付けようとする感じがあるのよね。
でも、無理強いはしないし、友達同士ならなんてことないやりとりなんじゃないのかな。
逆に、優美ちゃんの方が、自分はストイックに行く宣言しつつ、なんとなく、桂里奈との間に線を引こうとしているようにも見えたわ。
時は2026年に戻って、二人はそれぞれの道を歩んでる。
二人、月に一度はチートデイを設けて、ずっと付き合いは続いているみたいね。
チートデイというのは、優美を厳しい食事制限から、その日一日だけ開放してあげる日という感じなんだと思う。
ところで、今、「大人のバレエ」って関心持ってる人多いのよね。
桂里奈はね、大人のバレエのウェアイベントなんかを仕事で手掛けているみたいなの。
イベントで踊る予定のダンサーさんが急に来られなくなって、桂里奈が代役で踊らなければならないことに。
10年踊ったことないって言うんだから、もちろん、喜んで引き受けるわけはない。
でも、もうイベント開始間際という事情で、やむなく引き受けることに。
不安を払しょくしたいという思いもあったのか、優美にそのことを電話で伝えるんだけど、桂里奈の不安な気持ちをほぐそうとしたのか、優美は「プロじゃないんだから、変にかっこつけたり…」って。
別にまあ、許容範囲内の言葉かなって思うんだけど、桂里奈の顔を見る限り、なんか心のどっかに火はついてしまったみたい。
もしかしてなんだけど、このドラマで描かれる”激動(?)の相関”や出来事って、ここに火種があったりして。
最初に起こった出来事…演技本番、桂里奈の衣装の前がはだけてしまった…
しょうがないんだけど、桂里奈の髪の毛が桂里奈をサポートしていた男性のファスナーに引っ掛かって、それをほどこうとして衣装の紐をほどいてしまっていたの。
このサポートの男性に罪はないんだろうけど、開演前、なんか軽口たたいていた姿が思い出されて、なんか歯がゆいわ。
でも、ウェア宣伝用イベントで、ウェア絡みの失敗は痛いわね。
本人的には自分の姿がLIVE配信で世界にばらまかれてしまったことに絶望を感じたみたいだけど。
「もう終わったわ、死んだ~」って、そう、大げさに見えるけど、やらかしてしまった..って時には、ほんと口について出てきそうになるの、よくわかる。
なんか、実は、今週の放映全て見終わって書いてるから、そのせいだと思うんだけど、優美の態度を批判的に見てしまうの。
やらかしてしまったと絶望しているんじゃないかと心配する優美が、すぐさま桂里奈のところに駆けつけようとしているの。
一刻も早く、桂里奈の状況も知りたいしね、電話しながら走るってのもわかる。
でも、電源切っている桂里奈につながらない。
その時優美がつぶやいた一言「もう、出てよ~」。
なんかこっちから見てると、「出たくないんだよ!桂里奈は!」って言いたくなるわ。
でてよ~って、慰めて「あげたい」んだか、無事を「しりたい」んだか、とにかく自分中心の言葉じゃないの。
現場にたどり着いた優美が、桂里奈の後輩、株式会社クリアヴィ・プロモーション事業部所属川添ひかりさんから状況を聞いた。
部長さんが気をつかって、「きつかったらしはらく休んでいいからね」って言っちゃったって。
部長のやさしさなんですけどねえっていう川添に「だとしたら、それとどいてないかも」って。
そうなのかな?届いてないことないんじゃないの?
桂里奈ってそんなに鈍い子じゃないと感じるんだけど。
公園でね、ちょっとこけただけで、泣き叫んで「大丈夫?」って声かけて、抱き起してもらえるのを期待してた女の子がいたの。
その子にね、誰も助けちゃくれないよ。
自分で立ち上がらないとって…ちょっと変なお姉さんっぽく描かれたけど、至極まっとうなことを言ってるって思う私はひねてるのかな?
いや、きっとたくさんの人が共感してるんじゃないかなって思うんだけど。
桂里奈のところに優美と彼氏の岩渕光生くんが来たの。
「何しに来たの?」から始まるんだけど、光生くんは「心配だったから」「2時間並んで買ってきたよ」って、いかにも“気遣ってます”という感じで差し入れを渡そうとするの。
それに対して桂里奈は「いらない」って冷たい一言。
光生くんがラーメンを作ってもらって「おいし~」って言うんだけど、桂里奈は「おいし~って、それだけ?」と畳みかける。
優美は慌てて「光生くんにあたらないでよ。桂里奈のこと心配して来てくれたんだから」とかばうんだけど、そういう問題じゃないのよね。
いまの桂里奈は、傷ついたままの心でどうにもならない感情を吐き出しているだけ。
慰めの言葉や気遣いは、届く場所に届いていない。
「なんでもかんでも人の意見に合わせてさ」と桂里奈は言うけれど、それは光生くんや優美に向けた言葉というよりも、“世間が一般に思い込んでいる良い対処の仕方”に対する違和感そのもの。
誰かが傷ついたとき、周りは「良き親友なら」「良き彼氏なら」どう振る舞うべきかを考える。
でも“心配してるんだよ”と言われて、心配された側の痛みが癒えるわけではないのよね。
だから、そんな態度が腹立たしく思えるんだと思う。
だって、今はまだ「傷ついたまま」の状態で、心が痛んでいたんでしょうがないんだから。
親友と彼氏、若い二人が、傷ついたその人を、どうすれば癒すことができるのか精いっぱい考えての行動なのよね。
でも、傷ついた本人にとっては、今は何をしてもらったところで、「痛い」んだわ。
だからしまいには、「私に嫌われたくないから、私の顔色うかがって、合わせて..」ってうんざりしている心の内をぶちまけてしまうよのよね。
さすがの彼氏もどんよりしてしまうんだけど、それは、自分自身、やってることの無意味さ、無力さを桂里奈の言葉で思い知らされて、わからないままに世間一般の人がするであろう「こんな時の良き友や彼氏の態度」というのを頑張ってやってみて、でも、それはやっぱり受け入れられないんだよねっていうのを痛感したということなのかな。
そして、彼は「別れよ」っていう。そして、親友は「絶交しよ」っていう。
さっきまで慰めようとしていたのに、受け入れられないと知ったとたんに、背を向ける。
ママなんかが桂里奈の立場で、そんな風に慰めてこられたら、一応は、「ありがとう」って態度をしてみるのよね。一人悶々とするよりは、多少ましなこともあるみたい。すくなくとも「ありがとう~」って感じてる度合いにもよるけど、そう思っている間だけは、不思議とちょっと楽になる。
彼氏がやろうとしていたことも、優美がやろうとしていたことも、全く一緒だったのよね。
優美に対しては、まだ、桂里奈も、世間の大勢の人がやるように、自分の心をいつわって、何の慰めにもなっていない言葉を、親友からの言葉として何とか受け取ったふりをしていたんじゃないかな。
だって、その親友の態度を一応「有難い」って思わせてくれたことについて感謝はできるけど、その言葉だとかそれ自体には、何の意味もなかったんだと思うの。
この彼氏は、たまたま「ありがたい」とは思ってもらえなかっただけ。
でも、自分の態度や言葉に何の意味もなかったって無力感を感じたのは、彼氏だけではなく、その言葉をその場で聞いていた優美も同様だったに違いない。
普通は、そんな風に自分の「無力や無能」をこんな状況で突き付けられることはないのよね。
で、あるんだかないんだかわからない関係がそのまま維持される。
でも、このドラマの中では、桂里奈がそれをぶちまけたもんだから、やはり、それは当の本人たちにとっては耐え難い事実を突きつけられてということなのかもしれないわね。
その結果、「別れ」や「絶交」が選択されたんじゃないかな。
お年寄りはね、そんなことを、たくさん経験してわかってて、教えてくれることがある。
言葉かけるよりもね、その人が笑顔になることを祈ってあげる、ただそれだけの方が、傷が癒えるのも早かったりするものよ…って聞いたことがある。
よく本にも書かれているやつ。元気なくしている人に「元気ないね」っていうのは一番言ってはいけない言葉。
「元気ないね」を確定させてしまうような言葉なんだって。
じゃ、目の前にいて、何かしゃべらないと気まずいとしたら、なんて言えばいいのっていうと「なんや、元気そうやね」って、声をかけてあげるんだって。
彼氏も、優美も(元気ない前提で)「元気出しなよ」って言いに行ってしまったのね。
で、それは違うよって突き付けられたの。言葉として理解できなくても、心の方は、この人、私のことを「元気のない状態」に確定しようとしてる…って警戒して、しらずしらず腹立たしく思えてしまうのね。
なんか全てを出し切った後、桂里奈自身も少し違和感を感じたみたい。
そりゃあそうだわね。普通、すべて出し切らないから。
桂里奈にとっても初めて見る相手の反応や光景だったのかもしれないわね。
でも、いいんじゃないかな。なんでそうなるのか、桂里奈自身わからないのかもしれないけど、それはそれで、これから桂里奈が学んでいくことなのよね、きっと。
彼らの中に「芯」があったのかなかったのか、それは、わからない。
でも、少し時間が経過したのちになら、それは目の前に姿となって現れるんだと思う。
「芯」っていうのは、「相手の笑顔になっているところをイメージ」してあげることよね。
言葉やお土産は、その場限りの映像を生み出すだけ。
うわべの笑みは得られるかもしれない。
でも、そこに「芯」が伴っていたら、その人の笑顔は少しの時間をおいてそこに必ず戻ってくるに違いない。
うわべを取繕った優美や彼氏。
そのうわべで傷を癒されることのなかった桂里奈はぶちまけた。
でも、双方の中に、「芯」があったのなら、本来あるべき関係が戻ってくるはずよね。
そんな期待を込めて、この後の展開も見ていきたいと思う。
(笑)50年に一度の運気がやってきているんですって。占い師のキンタローさん。
いや、確かに、ママ的には、こんなすごい学びはそうそうないと思うのよね。
本当に大切なことが何なのか、今桂里奈は学ぼうとしているところなのよね。
でも、桂里奈はなんで絶交されたか全然わからない。
一緒に食べようと思って買っておいたアイスを勝手に食べられただけで絶交になる?そんなわけないやん、って思う。
でも実際は、その程度のきっかけと大差ないようなことで、関係って揺れたり壊れたりするのよね。
なんでこうなったんだろう、どうしてああ言われたんだろうって考えて、謝りに行ってみたり。
そうやって迷って悩んでるのが、人間の人生なのかもしれない。
優美が「絶交」と言い放って去っていった理由を、桂里奈はあれこれ思いめぐらせている。
もう、ネット配信に映ってしまった自分のあられもない姿なんて、どうでもよくなっているぐらいに。
まちかどで、女子高生がじゃれ合って笑っているのを見て、高校時代の優美とのことを思い返す。
バレエを諦めたときのこと。
先生に身長のことを言われて、それで道を閉ざしたこと。
優美と進路の話をしたとき、桂里奈はその理由を黙っていた。
変に気を遣わせたくなかったのかもしれない。
言葉にはしないけれど、ああいう優しさをちゃんと持っている子なんだと思う。
そんな優しさってね、相手の笑顔のためにそっと使われるもの。
たとえその笑顔が優美の笑顔ではなかったとしても、きっと別の形で誰かから返ってくる。
だから泣かなくていいのよね。


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