ドクはなぜ1985年に戻れた?機関車型タイムマシンが作れた理由やデロリアンの改良変遷のまとめ【バック・トゥ・ザ・フューチャーPart3】

『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』では、エメット・ブラウン博士(通称ドク)が1885年に取り残されるも、最終的に再び未来へタイムトラベルを行います。しかし、1885年にはタイムマシンを作るための部品がないはずでした。それにもかかわらず、ドクはなぜ蒸気機関車型のタイムマシンを作り、再び1985年にやってくることができたのでしょうか? 本記事では、その理由について考察してみます。

機関車にのって1985年に現れた全ての謎を解く鍵は、1855年にドクが書いた「手紙」にあったのかもしれません。

この記事はネタバレを含みます。映画をご視聴前の方は特にご注意ください。

目次

ドクはなぜ1985年に戻れたのか?


結論から言うと、「ドクが1985年に戻れた最大の理由は、1855年の自分の決断の誤りに気付き、戻ることを決意したから」ではないでしょうか。そもそもタイムマシンを作れるかどうかについては、ドク自身が最初から疑いを持っておらず、確信していたと思うのです。手紙を書いた時すでにドク自身わかっていたのではないかと思うのです。

1855年、タイムマシンは作れないと言っていたんじゃないの?

デロリアンを飛ばすことに対して電子回路を修理できないとは言っていたわね

少し流れを追ってみましょう。『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』の終盤、1955年でデロリアンに乗っていたドクは、飛行中に雷に打たれ、思いがけず1885年へタイムスリップしてしまいます。
この衝撃でデロリアンの電子回路が破損し、自力で元の1955年に戻ることが不可能に。1955年に取り残されたマーティーを救うために、ドクはマーティ宛の手紙をしたためます。

1855年にドクが書いたマーティーへの手紙の内容を少し振り返ってみましょう。私は「1885年の技術ではタイムマシンは作れない」とドクが言ったと思っていました。その理由は必要な部品が1974年まで発明されないからということでした。

しかしこれは、私の視聴後の思い込みで誤りでした。改めて見てみると、実は、タイムマシンが作れないとは言っていないではありませんか。タイム回路と飛行回路が破壊され、二度と飛ぶことはできない(原文:Unfortunately, the car will never fly again.)」。とは言っています。

つまり1855年にタイムマシンが製造できないとは言っておらず単に飛べないといっているのです。飛べなければ、オリジナルのように走ればいいのです。

ドクはなぜ1985年に戻れたのか?

「タイムマシンを作れない」とは言っていない → 1855年のドクの手紙では、「デロリアンは二度と飛べない」と書かれていたが、「タイムマシンの製造はできない」とは明言していない。
技術的な問題よりも意志の変化が大きい → 1885年にとどまる決意をしていたドクが、最終的にタイムマシンを再度作り、1985年に戻ることを決意したことが重要なポイント。

もちろん、これはすなわち、タイムトラベルできないと解釈すべきとも取れるかもしれません。ただ、それほどの大きなポイントであるにもかかわらず、「しれ~」とラストで現代にタイムトラベルして、「なんで?」という視聴者疑問に対して「よくよく考えれば、タイムマシン製造は可能でした」というのではちょっと寂しくないですか?しかも、ドクらしくない

管理人の思うところでは、この映画は視聴者に「考えてみればドクならタイムマシンの製造はできそうだなと思ってもらえる余地を残してくれていた」と思うんです。

それが、この後につづく、「タイムマシンを製造できた理由」で、多くの人が既にネット上に挙げてくださっている何種類かの考察です。

ですが、本当は、そのポイントは実はそれほど重要ではなく、もっと大切なものに注目してもらうための伏線だったのではないかと思うのです。それが、手紙の中の「Fly」であり、タイムマシンが作れないとは言っていないことがラストに向けての伏線になっていたのではないかと思うのです。

1855年にドクがタイムマシンを製造できる理由の考察

では、参考として、どのようにタイムマシンの製造が可能であったことを匂わせていたのか、ネット上の既出の考察含めてみてみましょう。

ネット上の考察

「ネット上では、1885年にデロリアンが2台存在していたのが関係してるって意見が多いみたいだね

1885年にはデロリアンが2台存在していた

1885年には、以下の2台のデロリアンが同時に存在していたはずであり、1台残っていたデロリアンやホバーボードからの電子回路流用などが考えられています。

雷に打たれた1955年のドクが乗っていたデロリアン(電子回路が破損)
→ これが1855年に飛ばされ、その後、ドクは修理を諦めて1885年に埋めて隠す。

1955年に掘り起こされ真空管回路を取り付け、1885年にタイムトラベルしたデロリアン(動作可能なもの)
→ マーティが1885年に来る際に使ったデロリアン。

つまり1885年には「破損(修理可能:ガソリンタンク破損)したデロリアン」と「破損(1947年まで修理不能:チップ破損デロリアン」が両方存在していたと考えられています。

ガソリンタンクが破損した方のデロリアンは、蒸気機関車に押してもらいながらマーティーが1985年に持ち帰るので、その後はチップ破損デロリアンが1885年に残っている形になります。

電子回路の調達

すると次に問題になるのは電子回路の調達です。
デロリアンはネットの考察では、ホバーボードに使用されていたチップを流用したのではないか? とか、1855年のドクが1985年のドク宛てに「必要部品を調達して1855年に届けるように手紙を書けば可能になる」などの考察が見受けられました。

ドクって、ホバーボードの部品を使ったのかな?

それとも、未来の自分に手紙を書いて部品を送らせたのかも?

その他には、1947年までは部品がないとマーティに告げたドクでしたが、あの時点では、十分な検証や考察が無いままの発言であり、ドクくらいの発明家であれば、あの時代でもチップに変わる代用部品を製造することができたのでは。。という推察が見られました。

電子回路の調達方法 ネット上の考察

ホバーボードのチップを流用 → 未来の技術を活用
1985年のドクに手紙を書いて部品を調達させる → 時間を超えた調達
代用部品を自作する → ドクの発明力なら可能?

因みに管理人はこんな風に思っています。1855年にタイムトラベルしてしまったドクは、1955年のマーティーへの手紙のなかで「1947年にならなければ、タイム回路と飛行回路の修理に必要な部品が発明されないから、私はここ1855年にとどまる」という趣旨の事をいいます。部品が無いから。。と理由付けしました

なんの部品なんだろうと、管理人がネットで調べてみると1947年に発明されたのはトランジスタでした。トランジスタであれば、もしかすると当時製造するのは難しかったかもしれませんが、真空管であったならどうだったのでしょう?

え?じゃあ真空管なら作れる可能性があったってこと?

そうかもね。仕組みを知っているドクなら作れるかもくらいは思っていたかもしれないね。

真空管も発明自体は1904年とされているようです。私は真空管の製造工程は全く知らないのですが、高真空とか一部加工工程で難しそうな記述もネット上では見られます。けれど、その仕組みとか既に知っているドクにとっては、真空管をはじめとするマイクロチップの代用となる部品を作ってしまうことは可能であったと設定しても、さほどの違和感を感じることなく受け入れられる方も多いかもしれないなと思ったりします。



私見ですが、ひとたびその原理にまでたどり着いたような人であれば、代用部品を考え出すくらいのことは可能なんじゃないかという思いと、Part3のラストでドクがマーティたちに伝える「君の未来はまだ決まっていないということ。未来は自分で切り開くものだ」という言葉に一番マッチするのが、自力で部品を作り出した光景でした。

もちろん、未来の自分に手紙を書くことや、ホバーボードの部品流用も自力には違いありませんので、それらでもいいのですが、何か新しいものを作り出したとするのが私的には好みです。

ということで、改めての結論ですが、なぜ、1855年にタイムマシンを作ることができたのかについては、明確な回答は見当たりませんでした。しかしながら、1855年のドクはタイムマシンが作れないとは言っておらずつくらなければならないある必然に思い至ったために、改めてタイムマシンを製造したということではないかと推測します。機関車がベースとなったのは、140km/hのスピードを得るために機関車が実証済みのマシンであったために機関車をベースにして作ったのではないかと思います。

繰り返しになりますが、ドクにとっては、1855年と言えどもタイムマシンを作ることは難しいことではなかったのだと思われます。

でも、なぜ、あのように紛らわしく「Flyできない」としたためたのでしょうか?それは嘘は書きたくないというドクの性格せいや、何とか1855年にとどまる理由を探した結果なのではないでしょうか。ドクほどの科学者ですから、タイムマシンが作れないといえばウソになると、手紙を書いていた時にはわかっていたと思うのです。ではどうすれば、嘘をつかずに1855年にとどまる理由を告げられるかドクが運命を切り開くために見つけ出した答え「Fly」という一つの単語だったのではないかと思うのです。

1855年の何が再びドクにタイムマシンを作らせたのか?

では、何がタイムマシンを作らせたのでしょうか?
それは、ドクは自分が望む未来は自分の手で切り開くべきなのだと感じ、諦めかけていた2つのとても大切な存在への思いがタイムマシンを作らせたのではないかと思います。

ドクが置き去りにしかけてしまった2つの存在


それは、クララとアインシュタイン。一度はどちらも手放そうとした大切な存在。そのどちらも手放す必要はないんだと、思い至ったのでしょう。

ドクにとって、クララとアインシュタインは大切な存在だったのは間違いないよね

ドクは一度心通わせた存在を裏切ることは絶対にしないわね。その思いが道を切り開いているんだと思うわ

ドクは帰ろうと思えば、いかなる手立てでも容易に戻ることができると知っていたでしょう。ただ、過去にとどまる理由が「恋のため」であることは科学者として赦せなかったので、部品のせいにしてしまったのだと思います。しかし、マーティーが1855年にドクを迎えに行き、再び出会ったことで、1985年の気がかりが改めて頭をよぎったのではないでしょうか。

とりわけ、マーティー以外には唯一の友であったアインシュタインを人任せにしてしまった事はドクほどの心を持った人にとっては、耐えがたい過ちだったのかもしれません。

というわけで、もともと帰ろうと思えば帰れたのだろうというのが管理人の考察です。そして、ストーリー的にもその帰還の方法はさしたる問題ではないほど「ドクにとっては容易な事」である点は、「飛ぶことはできない(タイムマシンが修復不可とは言っていない)」などを伏線として、「1985年に帰ろうと思えばできたが帰ることを選ばなかった。それほどまでに思いつめた恋であった」ということを視聴者が想像できるようにしたのではないかと思うのです。

手紙は単に「飛べない」と言っており、「タイムトラベルできない」とは言っていないのです。(修理できないとは言っているので、それは「飛べるようにする」事に対して修理できないと言っているのであって、タイムトラベルするための修理ができないと言っているわけではない。しかし、これは、自分がそこにとどまるために使った詭弁のようなもので、ドク自身はウソをついているという意識はあったかもしれないなと推察します。

一度は科学者として選ぶべき道として「クララとの別れ」を決断しました思いがけずクララと一緒にいることができるようになりました。そうなってしまうと、前言(修理できないと言っていた詭弁)撤回です。

回路をさっさと作り、機関車で140km/h(145km/h?)の速度を出せる動力を確保し、未来に飛んで行って複数回のタイムトラベルや線路の有無に影響されない空飛ぶ機関車への改良をおこなったことでしょう。そして改良後にアインシュタインを迎えに行き、最後にマーティのところに立ち寄ったということではないかなと思うのです

ドクにとって再びタイムトラベルが可能となった今、次に考えるべきは「再びクララと別れるべきか否か」なのでしょうけど、ひとたび別れを決意して実行に移そうとし、そのつらさを知ってしまったドクにとって、再び別れるという選択肢はなくなったのだと思うのです。

余談ですが、さらにその後、ドクやマーティはどのように過ごしたかについては以下のように思っています。不要なタイムトラベルは災いを招く可能性が高まるという認識は変わらないため、あそこでマーティたちに会った後には、生活基盤は1855年におき、あのあと、マーティたちと再び会うことはあまりなかったかもしれないなと想像しています。でも、なんだかんだと理由が付きさえすれば、結構気軽にタイムトラベルするのがドク。必要さえあれば、ドクはマーティたちの元を訪れるという。。まあ、もしかすると、お正月と用事のある時だけ行き来する親子関係にも似たような関係が、ドクとマーティの間にも出来上がったかもしれないなと思っています。

管理人的には、あの二人の関係があれっきりというのはさみしいですし、必要があればいつでも時空を超えて会うことができる関係というのが一番の好みです。


そして、この2つの出来事(クララやアインシュタインとの再会)が「未来は自分で作っていくものだ」という言葉につながり、諦めるんじゃないよというようなメッセージをマーティたちに贈ることになったのかなと思います。

3. デロリアン・タイムマシンの改良変遷

では、念のため、1855年にデロリアンが2台存在していた経緯を、デロリアンの改良履歴とともにみてみましょう。

時代(ストーリーの進行順)改良内容
1985年(初期)プルトニウムを燃料に1.21ジゴワットの電力で時間移動可能。ただし、燃料の入手が難しい。
1955年プルトニウムがないため、雷のエネルギーを利用するよう改造。フック付きのポールを設置し、雷を誘導して電力を得る。
2015年「ミスター・フュージョン」搭載。家庭ごみからエネルギーを生成できるため、燃料問題を解決。さらに「ホバー・コンバージョン」により空中を飛行可能に。– >Part2で1955年、ドクが空中から着陸態勢をとろうとしていた時雷の直撃を受けて1855年に行ってしまう。その後1985年のマーティのために墓地のそばの廃坑の中に隠した(タイム回路と飛行回路破損)
1955年タイム回路と飛行回路を破損し、廃坑に隠してあったものを掘り起こし、ビッグチップをボンネット上に取り付け1885年へ向かう(ガソリンタンク破損)— > Part3でマーティが1985年に帰還するために使用
1885年ガソリンが入手できず、エンジンが動かないため、線路上を走行可能な車輪に交換。蒸気機関車で押して加速し、時間移動を試みた。
最終形態デロリアンを解体し、その技術を蒸気機関車に組み込んだ可能性。

このように、廃坑の中に埋められたデロリアンは、1955年に掘り起こされるまで廃坑に眠ることになります。そのため、このデロリアンの部品を流用することが可能だったと思われます。(電子回路は破損していますが、流用可能な部品も多々あり、重宝したかもしれませんね)

タイムマシンを1855年で製造したあとは、直ちに未来へ飛び、流用してしまった部品を廃坑の中のデロリアンに再度もどしたはずであるとネット上の考察がなされています。

部品を廃坑のデロリアンに戻した後、Part3エンディングで見られたマーティたちとの再会を迎えたということになるのでしょう。

まとめ

  • ドクは、1985年に戻る技術的な可能性を当初から持っていた。
  • 1885年には2台のデロリアンが存在し、修理や部品流用の可能性があった。
  • 未来の技術がない中でも、代用品を用いてタイム回路を復活させることができた。
  • 1855年において140km/hの速度を出すために、実績のある蒸気機関車をベースとして活用した。
  • ドクが再びタイムマシンを作った決め手は、クララやアインシュタインへの想いだった。

以上、本日も最後までご覧いただいて、ありがとうございます。


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