何度見ても、なんだか涙がこらえきれなくエンディング。エンディングに至るまでのフラストレーションが高いだけに、とっても胸熱くさせられる。演じてた皆さんも、ほんとに涙こみあげてきてたんじゃないかな。今日はそんな映画、グランメゾンパリの登場人物の相関を追いながら見ていきたいと思います。
相関図①|夏樹はなぜパリでつまずいたのか?二ツ星で止まった理由

主人公のシェフ、尾花夏樹さんにとって、2度目のパリ挑戦ということね。
一度はいいところまで行っていたのに、ある事故がもとでパリでの成功をあきらめざるを得なかった。
鈴木京香さん演じる早見倫子さんと共に東京で成功したんだけど、今度はパリで三ツ星を狙うの。
でも三ツ星への壁は相当に高そうで、二ツ星に甘んじている。
ここパリで夏樹たちが苦労しているのは、食材の調達。
夏樹はその原因を自分たちが外国から来たシェフであるせいだと思っているの。
彼が求めているのは超一流の食材なんだけど、それはパリでもすでに認められたお店にしかおろしてもらえないようなのよね。
でもね、この尾花さん、とりあえずガッツはすごいの。
いい食材が手に入らない、約束していたような食材が届かないってなったら、自らそのお店を訪れ交換を求める。
自分のイメージってのが、ガッシガシにあるみたい。
それに合わなければ、他人任せにはできない。
こんなところが、はた目にもあきらかなんだけど、そんな彼の態度は、だいぶ誤解も生んでいるようね。
倫子さんは、ある流行病の後遺症で彼女の天才的な味覚に障害が出ていたの。
夏樹はそのことを感じ取っていたらしいんだけど、あるパーティーで倫子と一緒に作ったメインのお肉料理の評価が最悪で、険悪なムードになったまま、倫子は店をやめると言い、夏樹は首にしようと思っていたって言っちゃったの。
「温泉巡りでもしてな」って。
倫子さんのことを夏樹は「おばさん」って年増扱いするもんだから、その延長で温泉巡りとか嫌味なこと言ったのかと思ったんだけど、彼からしたら、療養してチャンと味覚障害が直ってほしいっていう思いがあったようなのよね。
普段そんな気持ちを持っているくせに、その場の出来事に振り回されて感情のままに発言してしまうもんだから、自体は、一旦はややこしい方に行ってしまう。
こういうところ、ほんと損な性分よね。
ところで、夏樹たちが「失敗」したディナーのことを「ガラディナー」と呼んでいたんだけど、これはね、パリの高級レストラン文化ならではの言葉らしいの。
ガラディナーっていうのは、特別なお客さまや業界関係者、スポンサーなんかを招いて行われる、いわば“お披露目”の場。
料理の出来はもちろん、店の格やシェフの実力が一晩で評価されてしまう、かなり緊張感のあるディナーといわれている。
このガラディナーでつまずいたという事実が、夏樹にとっても倫子さんにとっても、想像以上に重たい出来事だったんじゃないかしら。
夏樹の失敗ディナーを象徴するように投げかけられた言葉が、夏樹が2代目シェフと揶揄するパスカルが残した言葉。
「あれ(デザート)一つだけで食べたかったと尾花に伝えておいて」と言い残してディナーの席をあとにした。
この言葉を直接聞いたのは、京野陸太郎さん。
彼は元々シェフだったんだけど、今ではお店を経営できるほどの手腕をもちながら、ホールの責任者として夏樹を支えている存在。
彼がパスカルの言葉をそのまま夏樹に伝えることはないと思うけど、この状況からの脱却に夏樹の開眼は必要と感じていたはずだし、きっとどうすればいいものかと思い悩んだんじゃないかな。
でも、この失敗を痛感していたのは当の夏樹本人。ディナーから引き上げるフランス料理の大御所、ルイ・ブランカンの車まで駆け寄り、本日の料理についてのお詫び..というより、半分言い訳をしにいっていた。
ルイはパスカルのお父さんなのよね。夏樹に向かってこう言ったの。「私はお前に何をおしえたんだろうな」って。
ルイは、夏樹たちのお店のテナントオーナーでもあったの。
失敗ディナーから半年後、ルイは夏樹に業を煮やしたかのようにテナントを明け渡すように要求してきたの。
後でわかることだけど、実はルイは夏樹にはっぱをかけていたの。
もしかすると、夏樹とルイは似たところがあるのかしら。
夏樹は、倫子に「クビだ。日本に帰って温泉巡りでもしろ」って言ったけど、それは、倫子の後遺症を早く治してあげたいという思いからのものだったのよね。
それならそれで、もう少し優しい言い方を選べる人もいるんだろうけど、夏樹はそんなことはできなかった。
ルイは、夏樹が星二ツで足踏みしているのが気がかりだったのよね。
そして、その原因というのも凡そ見当がついていたみたい。
ルイは、夏樹を追い込むことで、階段を上らせようとしたんじゃないかな。
もっと、表向き優しい導き方っていうのもあったのかもしれないけど、ルイはそれは選ばなかったのよね。
詰め寄られた夏樹は、なんとか今すぐ出て行けという要求に対して猶予をもらうため、次、三ツ星を取り損ねたら、フランスを去ると約束したの。
ルイは、最後通牒を突き付けながらも、ヒントは示していたのよね。
自分の経験談として。昔、日本の刺身に感銘を受け、それを参考にしたって。
つまり、フランス料理界の大御所ルイは、そのフランス料理に国境の壁を設けていなかったの。
ところが、夏樹は、過去の自分の失敗経験から、フランス料理の伝統の枠を最大限に重んじて、他国の要素を排除して戦うべきだって思い込んだままだった。
ルイは、フランス料理は発展していかなければならないと考えていたのに、夏樹はまだそれが理解できていなかったようなの。
でもね、それは、理解できていないわけではなくて、彼がフランス料理に「興味」を抱いた理由を忘れていただけだった。
彼は、もともと、フランス料理の中の多国籍性に魅力を感じてその世界に入った人だったのよね。
相関図②|夏樹がフランス以外から受け入れたものはなんだったの?
夏樹の迷走はいつまで続くのかしら。
彼の失敗経験談はこうだったの。
パリに来た頃、日本の良さを取り入れようとした。
でも、日本の料理の細やかさは、フランス料理のがっしりとした伝統の前に太刀打ちできなかったっていうようなことを言っていたのよね。
でも、物語は、後半のどこかのタイミングで、異文化、異国のアイディアや感性を積極的に取り込んでいこう!って風に変わっていたの。
もちろん、それは、正解ではあったんだけど、どのタイミングで夏樹の心が変わったのかとても興味が湧いて、繰り返し映画を観てみたの。
そして感じたのは…例えば、日本の料理がとても繊細であること自体に変わりはないと思うの。
そのほかの国の料理もそれぞれに、フランス料理にはない、いろんな細やかな良いところがあったと思う。
それらを寄せ集めても、しょせん、夏樹が何年か前に経験したように、フランス料理のガッシリシタ伝統に根付いた強大さには太刀打ちできないんではないの?っておもったんだけど、どうやら、夏樹が取り込んだものは別のものだったようなの。
彼は、表面的には、スタッフ全員がもちよった、各国のいいところとかそういったものを受け入れたように見えた。
でも、自分でも気づいていたのか気づいていなかったのかわからないけど、彼がその時受け入れようとしていたのは、そのすべてのスタッフ自身であり、その気持ちの部分だったように思うの。
彼は、窮地に追い込まれ、自分一人では何もできないということに気づいた瞬間があった。
そして、スタッフのみんなに「自分を助けてくれ」って、素直に言葉にしてお願いしたの。
もちろん。そこにいたスタッフ全員が、自分たちは夏樹のために、夏樹と働きたいから、夏樹の料理が好きだからという思いでそこに集まっていると答えてくれた。
その時にね、夏樹がこれまで手に入れることのなかった、多国籍の要素が、料理を作る前に、完成したんだと思うの。
あとは、それが形になって目の前に、料理という奇跡の形で表れてくるのを待つだけだったんじゃないかな。
夏樹がね、そんな気持ちを取り戻していくきっかけは何度となく訪れていた。
お金に困って、借金取りに追われていたリックもそうよね。
彼は、自分の命を失ってしまうかもしれない状況に追い込まれていた。
夏樹は、もちろんそれを見ないふりするような男ではない。
彼が、料理のことを頭で考えて、がんじがらめになっている状況から引っ張り出してくれたのは、リックが陥った窮地だった。
借金取りに火を放たれ、燃える自宅の中で力尽きようとしていたリックを、夏樹が自らの命をはって助け出すの。
そんな彼のことを、周りの人がほっておくわけはなかった。
一人ぼっちになったかに錯覚していた夏樹だったんだけど、リックへの対応をきっかけに、自分を助けようとしてくれる人たちが現れ始めた。
一流のお肉が調達できるようになったり。
これは、倫子さんのお陰なのよね。
店をクビになって、日本に帰ったのかと思っていたら、実は、お肉屋さんで下働きをして、夏樹たちのお店がいいお肉を仕入れることができるように、信用を勝ち取ろうとしていたの。
そして、倫子さんは、また、人手不足になっているお店のホールスタッフとして戻ってきたり。
すべては、夏樹のためを思っての行動だった。
夏樹が料理で頭がいっぱいになってしまっていた時、彼を助けるような出来事の一切は途絶えてしまっていたかに見えた。
でも、誰かを思う気持ちが働いたとたんに、彼にとっての奇跡が色々と起こりだすのよね。
いいお肉は手にはいりだしたんだけど、まだ、その他の食材が必要ね。
夏樹の次のターゲットはキャビア。それに野菜とかも必要よね。
奇跡っていうのは、一度に全部まとまって起こるとは限らないのかな。
いい流れができ始めた夏樹だったけど、キャビアはね、夏樹もあきらめざるを得なかったみたい。
いいキャビアというのは希少品なのかな。
でもね、今の夏樹は、自分一人で戦おうとはしていないの。
つまり、周りにいる人のことを信じだしてる。そんなことが日常になっているものだから、起こる奇跡も一日限りのものにはならないのよね。
夏樹たちは、リックの家の火事で迷惑をかけてしまったチーズやさんのチーズ全てを買い取るという選択をしたんだけど、これももちろん、リックが自分たちの大切な仲間で、その仲間のことが原因になって、迷惑をかけてしまったことだから、自分たちがその責任を引き受けるって、他人を思いやっての行動なのよね。
そして、それは、また次の奇跡を夏樹たちにもたらすことになった。
キャビアに、超上質のお野菜。夏樹たちのもとに、これまで手に入れることができなかった上質の食材がそろうことになったの。
相関図③|三ツ星を語る資格
パスカルが言っていた、お前に三ツ星を語る資格はないって言っていた意味。
ママ的には、周りの人の気持ちになって考えていないだろって、そういうことだったのかなって気がした。
パスカルが言っていたのは、周りの人の気持ちを考えたからこそ、自分自身がプレッシャーを感じるようになった。
これまでの、夏樹は、自分が料理に対して何をすべきかばかりを考え、次にやるべきことが見えなくなった時、迷いに迷った。
フランス料理の世界をけん引していく立場となる三ツ星シェフが迷走するわけにはいかないのよね。
では、次々に新しいことを試みなければならない人がよりどころにすべきことは何なのか。
それを見失っている限り、仮に一時流行のものに出会ってうまくいったとしても、次の瞬間にまた道に迷ってしまうことは目に見えている。
夏樹は、同僚に「俺に足りないものってなんだ」って、素直に尋ねる姿勢を見せた。
そこに、同僚からの回答はいらなかったのよね。
彼が、周りの人の言葉や意見を聞こうという姿勢をもったこと自体が、回答だったんじゃないかな。
いつも変わらず、迷わず、必ずできること。
それは、周りの人に思いを向けること。
それだけが、いつでも迷わずにやり続けることができること。
その柱がなければ、よりどころがなければ、人は必ず迷い、助けも得られず、さまよい続けることになる。
ルイさんは、それを夏樹に思い出してほしかったんじゃないかな。
二ツ星になるまでは、もしかしたら、夏樹はそんな思いをちゃんと持っていたのかもしれないわね。
それは、東京で三ツ星を取った時までは確かに夏樹の中にあった気持ちだったのよね。
さらなる高みを目指し、パリに赴き、日本での三ツ星のプライドを持ったままの日々の行動が、夏樹からその大切な思いを忘れ去らせたのかもしれないわね。
かれは、以前もっていたマインドを、徐々に思い出していっているみたい。
リックに初めて出会った時の思いもそうよね。
彼の存在をあの時は認め、大切に思っていた。
そんな思いを思い出し、彼はそれまでの自分を恥じるかのように「わびめし」をみんなに振る舞うことになったの。
相関図④|三ツ星を取るために必要なことを思いだした夏樹
彼は、周りのスタッフに力を貸してくれとお願いしていた。
周りのスタッフはその思いに応えるように、夏樹のためにそこにいるんだということを言葉にして伝えてくれていたわね。
夏樹は、もうこの時、三ツ星を取るという目標に対して、勝利をおさめていたのよね。
彼が、周りの人に気を配って、彼らを尊重し認めた時、そこに奇跡が起こることが約束されるんだと思う。
奇跡は、単に、三ツ星の獲得だけにとどまらない。
全てが好転しだすのよね。仕入れた大量のチーズの引き取り手が簡単に見つかったり、必要な食材が、いとも簡単に手に入りだしたり。
最後には、キャビアまで手に入ったわ。
なんかねえ、希望が持てるのよね。
だって、現実そんな都合よく回らない?とか想いがおこったとしても、本当に行き詰ったとき、夏樹がやったように、周りの人に親切にする気持ちだけもつことなら、ただでできるもの。
ママの周りに、そんなにたくさんの奇跡が起こっているのって尋ねられたら、そうはなっていないって答えざるを得ない。
だって、そんな風な心持になれていないんだもの。
そうしようとおもっても、始終嫉妬だとか、つまらぬ妬み嫉み、そんなことが邪魔してくるのよね。
でも、できていないからこそ、試してみる価値はあるんじゃないかなって、この映画は感じさせてくれたの。
なぜ、それって本当なんじゃないのって感じたかというと、エンディングに向けて、なぜだか、たくさんの場面で涙があふれてくるような展開が見られたの。
これって、本当のことだからだよねって、そんな気がした映画でした。
まとめ|
三ツ星って、技術とか伝統とか、完成された料理の美しさみたいな部分ばかりが語られがちだけど、この映画を見ていると、評価されるべきものってもう少し違ったところにあるんじゃないかって感じさせてくれるのよね。
夏樹はずっと、自分一人の頭の中で料理を完成させようとしていた。
でも、食材を集めること、自分の仲間に助けを求めること、周りの人たちの思いに耳を傾けること、それを全部受け入れた時に、彼の料理はようやく“完成”したんじゃないかなって。
映画の終盤であんなに涙が出てきたのは、三ツ星を取ったからじゃなくて、夏樹が大切なものを思い出した瞬間を見せてくれたからなんだと思うの。
泣く理由がある映画って、信じる理由をくれる映画でもあるのよね。
今日も最後までご覧いただいて、ありがとうございます。


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