体の中って、こんなに忙しく働いているんだ…。
細胞同士にも役割があって、得意不得意があって、ちょっとすれ違ったり助け合ったりしてるのね。
なんだか人間社会とそう変わらない気もしてくるから不思議です。
今回はその細胞たちの関係を、物語と一緒に覗いてみたいと思います。
相関図①|

赤血球に白血球、マクロファージに赤芽球。
体を作っている細胞って、きっと高校の生物とかでも習っていたんでしょうね。
全然覚えていないんだけど。
そもそも覚えようとしてたかどうかも疑わしい。
当時、このアニメや映画があれば、もう少し興味をもてたかもしれないんだけどね。
この映画で細胞が働いている場所は、女子高校生の漆崎日胡の体の中。
お母さんは早くに病気で亡くなってしまって、今は父親の漆崎茂と二人暮らし。
日胡ちゃん、とっても元気そうなんだけど、なんだか空咳が出ているのよね。ちょっと気になる。
体の中で何が起こっているのか。
各細胞が人格もっちゃってるの。
主人公は、体の中で酸素や二酸化炭素の配送係である赤血球(永野芽郁さん)。
キャラの名は「赤血球AE3803」。
酸素を肺から全身に届けて、二酸化炭素を回収してくるのが仕事。
かわいいキャラなんだけど、映画の中でも、体の生命線的な扱いね。
彼女の周りで何かと手助けしてくれるのが、外敵などをいち早く感知して排除しようとする白血球(佐藤健さん)。
こちらはコードネーム「白血球U-1146 」。
とにかく見つけた敵を処理しようと動き回る血液の中の警備隊みたいな感じで描かれていたわ。
でも、この擬人化のお陰で、なんだか切ない気持ちになってしまうシーンが出てくるのよね。
もうお分かりだと思うんだけど、普通はこれらの細胞は人格のようなもの持たないと思っているから何とも思わないんだけど、映画の中では人格をもった細胞同士が、相手を敵とみなして、もう全く無慈悲に消し去ってしまうようなところが描かれるの。
もちろん、体の持ち主である人間からすれば、健康を損なうものは排除すれはよい話だから、ごく当たり前のことが描かれているだけなんだけど、そこに人格や言葉や表情まで出てくるものだから、ちょっと切なくなったりもするのよね。
映画序盤では、黄色ブドウ球菌が体に侵入して暴れてる。
「赤血球ちゃんおいしそう~食べちゃいたい!」みたいなノリで追いかけまわしてくる。
キャラのお陰で、この黄色ブドウ球菌に感情移入することはなかったけど、このあとね、続々と登場する悪役の中には、ちょっと心もっていかれそうになるような描かれ方するキャラもいるのよね。
因みに、この黄色ブドウ球菌というのは、実際には皮膚や鼻の中なんかにも普段からいる常在菌らしいの。
ちょっとした切り傷から入って、化膿しちゃうこともあるらしい。
実際に映画で描かれたように、赤血球を食べるような動きをするのかなとおもって、AIにちょっと聞いてみたところ、まあ、AIのゆうことなんで正確な表現かどうかわからないんだけど、食べるというよりは、ヘモグロビンを使うために毒を出して赤血球を壊す感じの動きをするらしいの。
そんなだから、赤血球の芽郁ちゃんは逃げ回り、助けに来た白血球U-1146 が黄色ブドウ球菌と交戦。
こういうところは、擬人化してくれたおかげで、なるほど、結構なことが起こっているのねって実感として伝わってくるものがあった。
因みに体の中の細胞が描かれたのは、日胡ちゃんと日胡ちゃんのお父さんの茂さん。
煙草を吸う茂さんの体内の赤血球は、なんだか顔がすすけてて黒い。
たばこの影響って、こういう形で可視化されるとちょっと刺さるわよね。
茂さんの肝細胞(深田恭子さん)が「この環境が変わらない限り、私たちの労働環境はずっとブラック」とか言っているシーンもあって、なんだか体の中に別の人格がいると思うと、自分の好き放題にしている日常をちょっと改めてみようかななんて気にもなるわよね。
相関②|
体のことって、映画をみてても知らない事ばっかり。
日胡ちゃんの体内では、白血球と赤血球が鼻腔のあたりでちょっと休憩している。
なんでもこの鼻腔って、1日に1リットルもの粘液が湧き出ているらしいの。
1リットルってあなた… 我が家のティッシュの減り方が異様に早い理由がわかった気がする。
でもさすがに鼻水だけで1リットル?って気になってAIに聞いてみたら、鼻水だけじゃなくてのどや気道なんかの粘液も含めるとそのくらいなるらしい。
とにかく体内って想像以上に湿ってるのね。
この鼻腔の足湯みたいなところで、赤血球AE3803が悩みを打ち明けている。
自分は白血球やキラーT細胞みたいに外敵と戦うこともできないし、かっこよく体を守る役には立てないって。
でも、白血球U-1146 が言うのよ。「そんなことはない!」って。
それぞれがプライドを持って仕事をしていて、お前だってその一員だろ、と。
赤血球が酸素を運ぶからこそ、免疫細胞たちも動けるわけで、むしろ体を動かしている根幹は赤血球だったりする。
「ありがとうございます」「どういたしまして」って言うあの妙な会話の間合いが、何とも言えずよかった。
細胞同士が言葉を交わすことはないんだけど、相関的に見れば、きっとこういう会話が成立しているんだろうなって想像が広がる。
この映画の中では、細胞に人格が与えられつつ、現実の仕組みをきちんと持ち込んでくる。
成長が芳しくない骨髄球の子供が不良品として排除されてしまう。
体に不要な細胞を排除するのは生物としては当たり前なんだろうけど、人格を持った子供として描かれてしまうと、視点を切り替えないと何か胸が痛くなるわ。
そして、その場を逃げ延びた骨髄球の子供が、後に白血病細胞のボスとして大暴れすることになるという、何とも言えない展開。
その影響で、血小板たちが血管の修復に難儀しているみたい。
血小板って、打ち身とかのあざを直す時に活躍しているんだって言うのを初めて知った。
あざがきれいに治るのって、彼らの仕事だったのね。
血小板だけじゃなくて、マクロファージや白血球なんかも連携して処理をしているらしいの。
そして今、日胡ちゃんの体の中では、血小板や白血球の量がどんどん減っているらしい。
日々の生活を支える細胞の数が足りなくなってきているのね。そういったことが、倦怠感みたいな感じに描かれているのかな。
相関③|
体の中で外敵を排除する免疫細胞たちの働きって、擬人化して見せられると結構強烈。
敵を見つけるやいなや戦闘態勢に入るNK細胞と、相手が本当に敵かどうか確かめてから動くかのように指示を受けて仕事を始めるキラーT細胞。
どちらも体を守るために毎日働いているんだけど、その姿が役者さんによって擬人化されると、まるで双方が対立したりはり合ったりしているみたいに見える瞬間があった。
映画の序盤では、この二つの細胞は同じ免疫側に属していながらも、出会うたびに反目しているような雰囲気。
NK細胞はスピード優先の即応部隊、キラーT細胞は確認重視の精密攻撃班というのはAIの説明。
免疫細胞の世界にもいろんなタイプがいて、それがよく表現されていたわ。
ただね、日胡ちゃんの中で白血病細胞が猛威を振るいはじめると、ちょっと描かれ方が変わってきた。
普段は仲良しとはいいがたいこの二つが、まるで意志が通じたかのように同じ敵へ向かって動き出すように描かれた。
現実の体内でも似たことが起きるのかってAIに聞いてみたところ、こんな答えが返ってきた。
NK細胞は感染した細胞や変な細胞を見つけた時、とりあえず攻撃して時間を稼ぐタイプ。
逆にキラーT細胞は、対象が本当に敵かどうかを確認してから攻撃に入るタイプ。
つまり、スピードと精度で役割が分担されているような説明が帰ってきた。
どこまで本当なのかはママには確かめようもないんだけど、映画で表現されていた内容とは一致する部分も多かったように感じて、映画はうまく表現されていたなあって感心してしまった。
でこの二つの細胞、働き方が違うんだけど、相互に影響している部分がさらにあるようなの。
NK細胞が戦っているときに放出する物質が、あとからくるキラーT細胞の攻撃力を高めたり、逆にキラーT細胞からの刺激でNK細胞の反応性が上がったりすることもあるんだって。
映画では、これを、あの理解し合った瞬間みたいな感じで描いたのかな。
もしそうだとしたら、すごい描写力で、なんかすごいな~って思う。
そして、この映画で最大の連携として描かれていたのは、やっぱり免疫側と配送係の連携。赤血球AE3808が、白血病細胞が暴れる荒地みたいなところで、何とか、酸素を届けようと頑張る姿。
供給が止まると免疫細胞も働けなくなるから。
そんな赤血球を助けに現れる、どこか説得力のある携え方をしたマクロファージ。
映画ではちょっと先生っぽい存在として描かれているんだけど、実際には体内で死んだ細胞の処理や異物の片づけを行う超重要な存在なんだとか。
赤血球、NK、キラーT、マクロファージ。それぞれ働き方も立場も違うんだけど、それでも同じ体を守るために役割を果たしているのね。
人格もないし、会議もないし、チーム戦略もない。
でも結果だけ見ればちゃんと多層防御になっているというのが、不思議なくらいよくできている。
相関④|
白血病細胞との長い戦いのあと、日胡ちゃんの体の中は一度、ほとんど何もなくなってしまったような描かれ方をする。
映画では放射線治療の場面が“荒地”として表現されていて、それまで細胞たちが行き交っていた場所が一面の大地になってしまうの。
そこへ、遠くから小さな小さな少女が歩いてくる。
外国人の少女なんだけど、映画の中では天使みたいな存在として表現されているの。
この子が象徴しているのは“造血幹細胞”。
骨髄移植っていう治療を受けるときに提供される細胞のことなんだけど、映画では難しい説明は全部省いて、ただ“彼女が歩いたところに命が宿っていく”という描写で見せてくれる。
体って、細胞って、こんなふうに役割を淡々と再開するのかとちょっと驚かされる。
あれだけ戦って疲弊していた免疫細胞たちは、新しく生まれた細胞たちと入れ替わっていく。
映画はそこを“日常が戻っていく”という空気で包んでくれている。
そして、ここで嬉しい再会がある。
永野芽郁さん演じる赤血球と、佐藤健さん演じる白血球が再びスクリーンに現れるの。
ただ、この子たち、よく見ると番号が違う。映画の序盤ずっと走り回っていた赤血球は「AE3803」、白血球は「U-1146」。
ところが治療後に登場した赤血球は「RB2525」、白血球は「U-8996」。
役割は同じでも細胞としては別人(別細胞)。顔も喋り方もそっくりだけど、それは体が再び日常を回しはじめた証拠として描かれている。なんだか妙に納得させられる仕掛けだった。


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