「月に帰れば、もう悲しくない」って言われていたのに、あの涙…。矛盾しているはずなのに、なんだかわかるような気がする。
今回は、竹の中で姫を見つけた“讃岐の造”に注目しながら、かぐや姫は果たして捨丸となら幸せになれたのか、はたまた「全てが手遅れ」という言葉の意味など、相関を追いながら見ていきたいと思います。
相関図①|讃岐の造の思い込み

かぐや姫、最後には月に帰ってしまうのよね。この映画に描かれたかぐや姫、エンディング間際で描かれたシーンは仏様たちに伴われて月の世界に帰っていくところだったんだけど、最後にね、ほんの少し、地球の方を振り返って、目に涙を浮かべていた。
この物語の中で描かれ伝えられていた言葉に矛盾するシーンだったんだけど、それが逆にこの物語に奥深さを与えてくれたように感じたの。
ある日ね、おじいさんが竹林の中にかぐや姫を見つけるの。おじいさんの名前は讃岐の造(みやつこ)。
このおじいさん、かぐや姫のことをずっと「姫」「姫」って呼んでいた。
おじいさんの目の前に現れた時のかぐや姫は、大きさこそ、おじいさんの両手にすっぽり収まってしまうほどだったんだけど、そのお姿はね、着物を身にまとったお姫様だったの。
ママ的には、このおじいさんの視点や思いというのが、この物語の展開を決定づけているようにも感じるの。
悪い人という感じではないんだけど、普通に俗な人間という感じかしら。
かぐや姫を初めてその手にのせたとき、「天が自分に授けてくださったに違いない」って、結構思い込みがきついように感じる。
かぐや姫が涙を浮かべながら月に帰っていかなければならなくなるんだけど、その責任の一端はこのおじいさんにもありそうに感じるのよね。
それに対して、このおじいさんの妻であるお婆さん。このお婆さんは、俗じゃないのよ。
なんだか、月の世界の側から遣わされて、おじいさんのいたらぬところを補佐しているようにも感じる。
目の前に起こることをただただ受け入れて、だから奇跡も起こせるタイプっていうのかな。
かぐや姫を育てることを受け入れたとたん、お乳まで出るようになってしまうんだけど、このお婆さんの言葉に驚かされる。
「お乳が出るんですよ、私」って。いや、出ないでしょ普通。
でも、それが、このお婆さんにとっては、さも当たり前という感じで描かれていて、つまり、これは、おじいさんが見ている幻か奇跡のようなものじゃないかと感じたの。
そして、この後も、おじいさんは奇跡を見つづけるの。
姫もね、当然不思議なところはいっぱいあるんだけど、ちょっとミステリアスに描かれていたのは例のあの歌「鳥、虫、けもの、草木花…」。
この歌、知っているどころか、みんなが知らないフレーズまで知ってて、歌い終わって一人涙するの。
まだ幼いからね、自分でもなぜ泣いているんだかわからない。
だから次の瞬間にはケロッと笑い転げてる。
でもこれって、明らかに、この世界に生まれ出てくる前の思いが蘇っての反応よね。
ママは高所恐怖症なんだけど、特に今回の生で高いところで危険な目に遭ったことはないはずなのよね。
でも、とっても怖いというのは、以前の生とかでそんな経験をしていたからなのかな。
ものの本によると、この世に生まれ出てくるときの約束事として、前の生での出来事は忘れ去られてしまうというのを聞いたことがあるの。
それって、具体的な出来事としては思い出せないけど、心に染み付いた思いや感情みたいなものは残ってるってことかもしれないなって、この時ふと思った。
おじいさんはこのあとも、竹の中から黄金が出てきたり、高貴な衣が竹から噴き出してきたりと奇跡を目撃し続けているの。
彼はそれを、天からの思し召しだっていうの。
この衣に見合った暮らしをさせよって。
ここから先、おじいさんは高貴な娘に育て上げるために一直線。
お婆さんは、それを聞いても、反対はしないのよね。またとんでもないことを言いだしたとは思ったように見えたんだけど。
ただただ、目の前に起こることを受け入れてるって感じ。
そんなへんてこなことを聞いてしまったのも、自分の過去の何かの因果…くらいに思っているのかも。
相関②|捨丸兄ちゃんとの深まる絆、そして別れ
子供たちの間では、「たけのこ」って呼ばれる姫なんだけど、もうご近所、子供たちのリーダー格・捨丸くんと背丈も変わらないほどに大きくなってるの。
この頃には、たけのこと捨丸の絆が出来上がっていて、たけのこはずっと捨丸兄ちゃんといっしょだよとか言いだしてる。
この思いはきっと、胸に刻まれるほど強い思いになっているに違いないわ。
でも、じいさんの暴走が始まりだした。
元々暴走気味の思考回路は見えていたんだけど、思い込みから、自分のほかには望む者もいない引っ越しを決めてしまった。
このじいさんは、世の父母を象徴していると考えたらいいのかな。
逆に、もし、お婆さんのような人がいたとしたら、それはきっと誰の目にも賢母として映るはずよね。
でも、このじいさんのほうは、天の思し召しとか言ってるんだけど、現代で考えてみたら、それって、みんなが望んでいることだからそれがいいに決まっているって感じの思考に似てないかしら。
最近では猫も杓子も大学大学とかって言わなくなってきたかもしれないけど、いい大学行って、いい会社に入ってって。
何十年か前にはうんざりするほど言われていたことよね。
みんな、それが息子や娘のためだと信じて疑わなかった。
いつの時代にも、自分の子どものためにはこれが一番っていう何かを、無意識のうちに押し付けてきていたのかも。
じいさんは、そんなことを姫に強いるように見えるのよね。
新しい屋敷に引っ越し、見事な衣を前にして、ほんの一瞬、姫も舞い上がったように喜んでいた。
別に悲観的に書きたいわけじゃないんだけど、でも、その先に悲しみが見えてしまってるから、物語ではなく現実世界と重なって見えるわ。だって、いろんなイベントごと、例えば、どこかの学校に合格しただとか、何かの当て物に当たっただとか、目指していた何かに到達しただとか。
一瞬、輝くような時を迎えたかに見えて、大体そのあとどんよりするじゃない。
姫も例外ではないのよね。きらびやかなイベントが過ぎ去れば、あとは、日常の中のどこに満足を見出すかということなんだろうけど、それを見出すのはとても難しいし、さらに、失ったものなんか思い出した日には、もう気持ちはそこに釘付け状態になったりもする。
彼女が失った何かというのは、山に残してきたお友達よね。
彼らに会いたいと言った時、じいさんがこれまで見せたことのないような表情をみせた。
顔を赤らめて怒っていた。
「山の連中とは住む世界が違うのだ」って。
もう姫の目から見たらじいさんがいかれてしまったように映ったんじゃないかな。
ここから本格的に姫の憂鬱な毎日が始まりだす。
最初のうちこそ、なんとか自分を取り戻そうと頑張る姫なんだけど、自分の愛するものはじいさんによって奪われてしまった。
そのままの状態では元に戻ることなんてできないわよね。
型にはめ込むことで姫が幸せになると信じ続けているじいさん。
斎部秋田(いんべのあきた)という方に「かぐや姫」という名をつけていただいたころには、かぐや姫がこの屋敷の中で笑顔を見せることなんかなくなってしまったかのように描かれていた。
もうこの頃の爺さんは、かぐや姫の顔から笑顔が消えていることなど目に留まらなくなってしまっていたのね。
とにかく、高貴な方を目指して、はたまた高貴な方との結婚を目指して、それに向けたイベントごとの一つ一つが片付いていくことが喜びのようになってる。
かぐや姫の笑顔を見たいという気持ちは、もう忘れ去られてしまっているのね。
かぐや姫の物語について、「きもちわるい」という感想を抱いている人が結構いるみたい。
じいさんの、人の気持ちを置いてけぼりにしたまま、「ゴールに向けてのイベントごとをこなしていくこと」こそが最終的に喜びにつながると信じて疑わない態度、そういったところも、気持ち悪がらせる一因になっているのかもしれないわね。
すっかり人が変わってしまったかぐや姫。笑顔見せることもなく、ただ、なすべきことを粛々とやり続けている姿に、さすがのじいさんも、何かを感じている様子。何とか取りなそうとするんだけど、どうしてよいものか見当もつかない。ただ居心地の悪さだけが、二人の間に漂っている。まあ、その姿を見ると、爺様も悪い人ではないんだけどね…と言ってあげたくはなるけど。
相関③|見た目や噂だけで押し寄せる人々に対し嫌悪するかぐや姫
でも、やっぱじいさんは変わらないのね。
五人の名だたるお方たちが姫を嫁に迎えたいって訪ねてきたと言って大喜び。
もうなんかここまでくると、最終の破局に向けて、階段を上がるたびに小躍りして喜んでいる哀れな人にしか見えなくなってきたわ。
「ありがたや、ありがたや」って。
確かに気持ち悪いを超えて、気味悪くなってきた。
その申し入れをすべて断ってくれというかぐや姫に、相模殿がいらんことを言うの。
今の状況を、父上殿が自分のことのように喜んでいるって。
かぐや姫からしたら、もう一体なんやねんって思いよね。
五人をね、追い払った後、気晴らしのつもりだったのかな、桜を見に行こうって出かけたの。
桜はそれはそれは見事なもので、一瞬我を忘れて木の周りで花を見上げながらはしゃぎ回っていた。
その時ね、そこに居合わせた、幼い子供にぶつかって転ばせてしまったんだけど、その母親がね、建前で恐れ多い風を装いながら、土下座してかぐや姫に謝ってきたの。
かぐや姫からしたら、そこにどうしようもない距離を感じて、作り上げられた身分という鳥かごの中に閉じ込められている自分を認識してしまったんじゃないかな。
普通の人と普通に接することができなくなっている孤独。
追い打ちをかけるように、その帰り道、たまたま捨丸兄ちゃんに遭遇。
盗みを働いた直後の捨丸が、自分の目の前で殴り倒されていたんだけど、どうしたことか、かぐや姫はそれを助けることができなかった。
自分はかごの中にいる、誰とも交わることはできないって、変な諦めみたいなものがあったのかな。
結局、かぐや姫は、悲しみに暮れながらも捨丸を見捨てた形になってしまった。
きっと、かぐや姫の精神状態はもう崩壊状態じゃないかな。
それから三年の月日が流れたかぐや姫が描かれた。
籠の中に閉じこもることで、何とかギリギリ自分を取り戻せそうな感じになっていたのかもしれない。
なんとかなんとか、頑張って自分を取り戻そうと、必死に頑張ってる。
それなのに、あのじいさんは、未だに高貴な方との結婚を夢見ている。
もういい加減にしてよ!って、言わないのよねえ…
もし言っていたら、自分の将来は少し変わっていたかもしれないのに。
それがいいのか悪いのか、それはわからないんだけど。
でもね、かぐや姫の不幸のスパイラルは、そんな叫び一言で回避できるような状況ではなかったみたい。
だって、かぐや姫が五人を追い払うつもりで問うた答えを見つけ出そうとして、一人の男性が死んでしまったと聞かされたんだから。
もうかぐや姫の心は打ちのめされてしまったに違いない。
さらに、追い打ちをかけるように帝の目に留まってしまったことから、帝のアタックを受けることになるんだけど、それがネット上で最悪の評価を受けている。
これまでにも気持ち悪い人物はたくさん出てきたけど、その百倍ほども気持ち悪いんではないかと。
帝がかぐや姫に関心をもったと聞き、またもや小躍りして喜ぶじいさんを、お婆さんは「いい加減にしてくださいな、あなた」と、ついに業を煮やして諫めようとしたの。
おばあさまはもうかぐや姫は限界だと感じていたのよね。
相関④|じい様と帝、二人の思い違いがかぐや姫を月に帰してしまった?
もうほんとにこの二人の思い違いをなんとかしてって、本当に悲鳴をあげそうになる。
でも、かぐや姫は本当に悲鳴を上げてしまい、それは、月の世界にまで届いてしまったの。
かぐや姫をここまで追い込んだ人物、とどめを刺したのは帝なんだろうけど、そこに至るまで、死の階段を歩ませ続け、多くの男たちの気持ち悪さを姫の前にせっせと運び続けたのはじいさんじゃないのって思うんだけど。
このじいさんが、ふさぎ込んだかぐや姫を見て、「どうなされた?なにかあるのは、その悲しげな眼を見ればわかります」みたいなことを言うんだけど、もううるさいわ!って感じ。
かぐや姫が月に帰らなければならないと伝えた時、彼は何と返したか?
「私たちをおいて…どうしてそんなむごい仕打ちを…」もう開いた口がふさがらんとはこのことよね。
彼は、「これまで姫様の幸せだけを願ってお仕えしてきた」って言うんだけど、ほんとにそうなの?
親の務めだと勘違いして、それを全うすることしか考えていなかったんじゃないの?
姫の幸せなんて1ミリでも考えた?
なら、笑顔ではない姫をどうしてここまで放ったらかすことができたの?ってね。
ママも自分の気持ちを整理しなければ、彼を責める言葉が次から次へとあふれ出す。
でもね、これまでに学んできた知識を総動員して冷静に考えてみると、こんな感じになるの。
姫は、もともと月に返るべくして帰るんだって。
つまり、ほんの一時、この地上に降りてはきたんだけど、月の世界に帰ることはもともと決まっていたし、このおじいさんは、そこに必然性を与えるために、いわば演じさせられていた存在といえるんじゃないかな。
別の言葉で言うなら、彼もそんな風な役割を望んではいなかった。
でも、かぐや姫は月の世界に戻らなければならない存在。
ならば、ほんの一瞬でも、かぐや姫が月の世界に帰りたいって、助けを求める状況を作り出してあげなければならなかった。
その、とってもつらい役目を、このおじいさんは引き受けていたんじゃないかな。
もちろん、彼にそんな意識はなかったんだと思う。
逆に言えば、かぐや姫のある選択が、おじいさんをあの状況に縛り付けたのかもしれない。
二人の因果が、今回のあの世界で解消されることはないのかもしれない。
だって、あのあと、おじいさんの心が救われる状況って想像つかない。
それにね、かぐや姫は、自ら望んでこの地上の世界に降りてきたのよね。
かぐや姫が月へ戻らなければならないと翁たちに伝えてたシーンでこんな風に言っていたわね。
「私はこの地でいったい何をしていたのでしょう。」
そう、彼女はこの世界に未練を残すことなく、月に帰るという今回の課題に合格しなかったのよね。
彼女は、「もうすべて遅いの」って。最初観た時ね、一度、ほんの一瞬、もう月に帰りたいと願っただけで、もう後戻りを許さないなんて、なんて了見の狭い神様ねっておもったんだけど、そうじゃないのよね。
彼女の心の中の悲鳴「もうこりごり」っていう思いは、彼女の学びだったに違いない。
学びって、一度学んだら消えてなくなったりしないのよね。
かぐや姫がかつて思ったであろう「地上に降り立ちたい」という願い。それは月の世界からしたら「誤り」だったに違いない。
だって、向こうに居れば、何の悲しみもない世界にいれたわけよね。
だけど、かぐや姫は何かの思いがあって、こっちにやってきたかったのよね。
で、その思いを抱かないようになるためには「もうこりごり」を体験することが、元居た世界に戻るために必要な学びだったんじゃないかな。
神様は、姫が学んだ時に同時に発する「助けの求め」を聞き逃さないの。
だって、神様の目的は、姫の同意のもとに月の世界に姫を連れ戻してあげることだから。
そして、神様には失敗はないのよね。だから、姫は一度は月の世界に戻ることになるんじゃないかな。
それが、エンディング近くで、月に帰る道すがら、地球を振り返り涙を流した姿に現れていたように思う。
彼女、しばらくすると、地上にまた舞い戻るんだと思う。
そのときに、まだ未解決の因果を解消するために、今のおじいさん、それに捨丸兄ちゃんたちの生まれ変わりと関わりをもつんじゃないかなって想像している。
ところで、かぐや姫は、捨丸兄ちゃんとなら幸せになることができたの?
ママは、そんなことはないんだろうなって思うの。
もちろん、幸せと思える時間は多少、多かったのかもしれない。
でもね、この映画の中での世界観はといえば、この地上の世界に舞い降りた時点で、幸せというのはない。
月の世界には何の悲しみもないって、仏さんと一緒にいた女性の存在が言っていたわよね。
かぐや姫がいつか成すべき選択は、この地上の世界に戻ってこようという思いを断ち切ることだと思うの。
彼女、月に帰る途中、地球を振り返り、涙を流していたわよね。
きっと、近い将来、またこの地上にやってくるんじゃないかしら。
その時にも、また、今回と同じように、もう月に帰りたい、もうこの世界はうんざり!っていう出来事が起こるんだと思うの。
今回この地上で経験したことが、その「うんざり」した思いだけなら、もしかしたら、この世界にもう一度戻ってきたいとは思わなかったかもしれないわね。
その意味ではね、おじいさんは、とっても頑張ったんだと思うの。
わが身や心を犠牲にしてまで、かぐや姫にうんざりする思いを沸き立たせ続けた。
それに、その悲しみを、最後の最後、自分自身もあじわうことになった。かぐや姫と述べつりという形でね。
彼の過去の因果が、今回の生でその役割を担わせたのかもしれないわね。
でも、かぐや姫にとっては、今回、余計なことが起こってしまった。
それは、捨丸兄ちゃんとの楽しかった時間。でも、自分が望む結末まではたどり着けなかった。もしかしたら、捨丸兄ちゃんと添い遂げ、それでもその先に何もなかったということがわかったとき、「うんざり」に代わる学びを得て、その後、月に戻る選択ができたかもしれない。
でも、かぐや姫の今回の生では、「うんざり」は経験したものの、捨丸兄ちゃんとの間の未練とか、そういったものが残ってしまったのよね。
かぐや姫の中には、捨丸となら幸せになれるのかもっていう気持ちが残ってしまったということ。
だから、彼女が、仏さんたちと一緒に月の世界にこのまま居続けることは、ないんじゃないかな。ママはね、かぐや姫は、また地上に戻ってくるんじゃないかなって思うの。
まとめ|かぐや姫は捨丸となら幸せになれたの?すべてがもう手遅れってどういう意味?
この物語の世界観では、悲しみとかそういったものが存在しない世界は月の世界にあるといわれているのよね。
それならば、今この地上の世界でかぐや姫が捨丸と共に、月の世界の住人が考えるような幸せの境地に立てるかというと、それはないんだろうなって思うの。
でも、添い遂げることで、未練というのは無くなったかもしれないわね。
そうなったら、月の世界に残り続けることができるようになって、その後は幸せになるんじゃないかな。
かぐや姫が、この地上の世界で味わった「うんざり」という思い、それは、学びだったんだと思うの。
学びって、一度、身につけると失うことがない。この地上の世界が何かを学ぶための世界だったとするなら、その学びは完結したっていう扱いになるのかもしれないわね。
それに、映画の中には、真に「うんざり」した人は同時に「助け」を求めることになり、その願いは叶えられるという約束事があるように感じたわ。
学びの世界にい続けたい人にとっては、「手遅れ」っていう表現もできるのかもしれないなって思いました。
今日も最後までご覧いただいて、ありがとうございます。


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