原作「チョコレート工場の秘密」に着想を得た映画は、今のところ3作品あります。
今回、「ウォンカとチョコレート工場のはじまり」を観る前に、少しだけ下調べをしてから視聴したところ、作品同士の違いに気を取られることなく、今まさに目の前で描かれている物語を、純粋な気持ちで楽しむことができました。
ネタバレなので、視聴前にお読みになるのはお勧めしませんが、映画視聴後に「モヤっと」された方のお役には立てるかもしれません。
『チャーリーとチョコレート工場』と『夢のチョコレート工場』
初見で記憶に残るレベルの登場人物は同じ名前が使われていて、家族の構成だったり、その関係性もあらかた同じ設定になっているみたいです。
夢のチョコレート工場が製作されたのは、1971年というから、今から50年以上も前の作品。
パッと見た時にね、なんか現実世界との乖離という点からみると、ママ的には夢のチョコレート工場の方が受け入れやすかったですね。
あの、5枚のゴールドチケットを手に入れた子供たちとその親が描かれるんですけど、夢のチョコレート工場の親は、何となく、ぶっ飛んだ子供をもった親の悲哀みたいなものが、現実感を伴って描かれていたような気がするんですよ。
逆に言うと、チャーリーとチョコレート工場に登場していた4人の子供の親たちに対しては、映画を観ながら、「親としてもっとしっかりしなさいよ!」って気持ちが湧き上がってきたんだけど、「夢の…」の方の親に対しては、その苦しみみたいなものが伝わってきたから、なんだか気の毒になっちゃって。
子供たちがチケットを手に入れるたびに、テレビ放映されてとか言う展開も同じなんだけど、ちょっとした違いが「夢の…」の方には、その取材中、一人の男性が当選者の子供たちに、何やら耳打ちする姿が描かれるの。
ちょっとしたサスペンス的な雰囲気が漂うんですよね。
チャーリーのために2枚目のチョコレートを手に入れようとするおじいちゃんの心が描かれるシーンも、両作品中で確認できるわ。
でも、すこし、その2枚目を手に入れる経緯がかわっているのと、あとね、やっぱり「夢の…」の方がなんだか心の機微みたいなものが、より現実感を伴って描かれているように感じたの。
2枚目のチョコレートが外れたことを知ったときのチャーリーの一言。
「金のチケットのせいで、チョコレートがまずいね」っていうの。
そのあとおじいさんがチャーリーを抱きしめるんだけど、なんだか切なかった。
「夢の…」の最後の1枚を巡っては、更にサスペンス感が上乗せされていたり、なんかチケットを巡ってのどろどろ感がより強く、現実味を持って描かれているような気がした。
夢のチョコレート工場とチャーリーとチョコレート工場は、共通の原作をもとにした、別の作品ということらしいんだけど、チャーリーの方でちょっと疑問が残ったままになっていたポイントの一つの答えが、「夢の…」の中には描かれていたように感じて、ちょっとお得にすっきりした感じ。
それは、チャーリーが道端でお金を拾って、そのお金でチョコレートを買いに行って、それが当たりだったって話なんだけど、「チャーリーと…」の中で、5枚目のチケットがもう見つかった後で、もう望みはなかったはずなのに、なんだかチャーリーがあたりチケットを期待しているかのような雰囲気を出しているように感じたのよね。
でもね、「夢の…」の中で描かれたチャーリーは、チョコレートを手に入れるなり、それにむさぼりついていたの。
先の、おじいさんとの会話にあった「チケットのせいで不味くなった」という思いを払しょくするかのように、チケットのことを忘れて、純粋にチョコレートを味わっていたの。
そして、同じ思いをしているジョーおじいさんにも食べさせてあげようと、もう1枚チョコレートを買うのね。
これも、ジョーおじいさんにも美味しいワンカ(Wonka)チョコレートを食べさせたかったということよね。
この直後にね、ちょっとしたサスペンス風の描写が入るの。
「夢の…」の方にね。これは、「夢の…」を別の作品として楽しむためのポイントになりそう。なので、ここでは、この件は触れないでおくわね。
それに、原作はどうなってたんだろうって、がぜん興味がわいてきた。
そういえば、「夢の…」の方には、ワンカ(Wonka)の子供時代というのは描かれなかったわね。
だから、チャーリーとチョコレート工場に描かれていたような、自分の父親との相関、そして、そのもつれのようなものを解消するためのエンディングというのは見当たらなかった。
でも、その分、シンプルにチャーリー少年のやさしさみたいなものが際立って描かれたようにも思う。
途中に見られたサスペンス要素もしっかり回収されて、すっきりと見終えることができました。。
因みに夢のチョコレート工場では、子供たちがあんな風になってしまったのは親の責任…みたいなことが言われていたように思うんだけど、正直なところ、親があんな風だから子供はそんななんじゃないのって強く感じたのは、どちらかというとチャーリーとチョコレート工場の方。
先にも触れたように、夢のチョコレート工場に描かれた親たちは、まあ確かに、ダメ出ししたくなる感じではあるんだけど、ちょっと同情したくなるようなところも感じた。
逆に言うと、『チャーリーとチョコレート工場』で描かれた親の姿は、子どもとの細かなやり取りをあえて省くために、シンプルに“極端なダメ親”の方へ振り切って描かれていたのかな、なんて想像してしまうのよね。
書評をいくつか読んでみると、原作では、そうした親と子の関係についても、もっと現実味を帯びた形で、丁寧に描写されているようにも受け取れました。
ちょっと原作にも当たってみたいな、という気持ちを掻き立てられた2作品でした。
『チャーリーとチョコレート工場』と『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』
これは、ネット情報でも確認できるように、別の人が、同じ作品(原作)に着想を得て作成した別の作品という見方でいいんだと思うの。
逆に、その予備知識がなければ、もしかしたら違和感を感じるかもしれないわね。
ママは、視聴前に別の人が作った別作品なんだという情報を目にしていたので、それぞれに違和感なく楽しめることができたわ。
もちろん、「ウォンカと…」に登場するウォンカさんは青年の設定だから、ここで描かれた何年も後には、「チャーリーと…」に描かれたような出来事が起こるんだという想像も妨げられないんだけど、若いウォンカはとっても良い人で、「チャーリーと…」に出てくるウォンカのようになりそうな感じはないし、「夢の…」のウォンカのように、5人の子供を集めて試みにかけるというようなことをする人にも見えないのよね。
それに、「ウォンカとチョコレート工場のはじまり」でもウォンカの子供の頃が描かれたけど、森の中で料理人のお母さんと二人暮らしという設定になっていたの。
チャーリーとチョコレート工場の方は、歯医者さんのお父さんとの確執みたいなことが大きく取り上げられていたから、この点からすると、「ウォンカとチョコレート工場のはじまり」で描かれるウォンカは、他の作品とは全くの別物と考える方が無理がなさそうね。
原作はまだ読んだことがないんだけど、書評を見てみる限り、子供たち5人の描かれ方が、原作はかなり多く描写されているようにも読み取れるし、その点からすると、「ウォンカと..」以外の2作品は原作をそれぞれの視点で解釈し描かれたもので、「ウォンカと…」は原作には含まれないウォンカ氏の青年期が想像されて描かれたものなのかなと推察しています。
今日も最後までご覧いただいて、ありがとうございます。


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