今日は、番組予告にあった「円満別居」というワードがなんだか目に留まり、ママなりにちょっと思うことをつづらせていただきました。
放映後には、上沼恵美子さんがお話しされた内容で感想などをアップデートしますので、よければまた戻ってきてくださいね。
徹子の部屋(2025年11月14日)で語られたエピソードから感想
やっぱり、父親の影響力って、今とは全く違うのね。
上沼恵美子さんが大阪ラプソディーとか、歌を歌っていらっしゃるのはご存じの通りなんですけど、お父さんは上沼さんに歌手になることを勧めなかったんですって。
お笑いの世界に進んだのは、お父さんの影響だったそうなの。お姉さんとの漫才、もちろんだいぶ以前のことではあるんだけど、もともと漫才をやっていらっしゃったっていうイメージはかなり強いのよね。
でも、たったの4年だったらしいの。もうびっくり。
山口百恵さんもそうだけど、その世界で輝く人っていうのは、時間の問題じゃないのねえ…って、改めて教えられた感じ。
その4年後、何があったっていうと、ご主人との出会いだったそうなの。
つまり、寿退社というか、ご結婚でかなり大きな人生の転機を迎えられたということかしら。
だって、その後のエピソードがやっぱりかなり強烈なの。
お互い好きで好きで、っていうのは、上沼さんに限らず多くの人が経験することだと思うんだけど、上沼さんは、そのとき、将来、その最愛の人を失う時というのを考えてしまったらしいの。
そして、その別れが当時の彼女にとっては、つかの間考えることも許されないほどの出来事と感じられたそうなのよね。
今、そんな子が目の前にいたら、その純粋さに胸打ちぬかれたような感覚になるんじゃないかしら。
上沼さん、ご主人との出会いから50年をお迎えになられているそうなの。
それだけの大恋愛でも、20年目くらいには、出会いの頃に見ていたご主人の輝いていたところが見えなくなったんですって。
でもね、お話になられる言葉の数々をよくお聞きしていると、やっぱり、心の中で思うことを全てそのまま人に伝えるのって本当に難しいなって思ったの。
20年たって、いやなところが見えるようになったって。でも、嫌いじゃないですっておっしゃられるの。
いやなところが見えると、普通は嫌いになっちゃうんじゃないのって思うんだけど、きっと、上沼さんの抱いていらっしゃる感じっていうのは、あてはまる言葉がないんじゃないのかなって思うの。
それを、上沼さんは、「いてることが普通になります」って、おっしゃられて、徹子さんの方に話を急に切り替えられたの。 なんかうまいなあって。
あのまましゃべり続けたら、本心のところにいってしまう、そんな気がして瞬時に話題を転換されたのかしら。
そこにいてること、存在していることが普通になるって、それって、まるっぽ、受け入れてるってことなんじゃないのって感じたの。
自分自身の中に取り込めないものって、いつも気になるじゃない。そしてそれが自分を輝かせてくれるものだったりすると、それを失うことを恐れて…?なんか、同じフレーズが前に出ていたような。
当時のその彼(ご主人)は、当時の上沼さんにとって特別な存在だった。
特別というのは、別の方々とは違うという意味よね。上沼さんは、そんな特別感が彼になくなったって言われるんだけど、ママ的には、彼を思うお気持ちというのはそんなに変わらないんじゃないかなって気がしたの。
周りの人のことを、その特別感を抱いていた彼と同じように見始めた時、彼もその中の一人としてとりこまれたようになるじゃない?つまり特別ではなくなる。
且つて、ご主人に向けていたような想いを、今は、お仕事とかを通じて、視聴者の方とかにまで注いでいるってことじゃないのかしら。
だって、そうでなければ、こんなに長い間、トップで走り続けられるわけないもの。
目の前の誰かが変わってしまったように見えるときって、自分自身が変わった時ってよくゆうじゃない。
光は光の中では見えなくなるもの。今は、ご主人だけでなくて、周りの誰に対してもその中に光を見ていらっしゃるということなんじゃないのかな。
番組の中で、「きらきら光っているものが好き」っておっしゃられたのも印象的。
でも、指にはめていらっしゃった大きな二つのキラキラは、ダイヤモンドじゃないのよね。
でも、上沼さんのところで、それはそれはきれいに光るの。
上沼さんは、ガラスの中にだって光を見つけることができる人。
なにも、周りにいる人をガラスと言っているわけじゃないの。ダイヤだとかガラスだとか、そういう形や物の素性がなんだとかいうのは関係ないのよね。
上沼さんは、ご主人の中だけでなくて、周りの人たちみんなの中に光を見るようになっていかれたんじゃないかな。
その中で、いつまでも「ご主人は特別に光ってる」って言っていたらおかしいわよね。
そんな方にとっては、ご主人の世界旅行もありでしょう。戻ってきたときにはまた光をみせてね。
だけど、どこか旅に出られたからと言って、上沼さんが光を失ってしまうわけではない。周りにたくさんの光があるんだものね。
もしかしたら、22歳でご経験になられた、大切な人を失ってしまうことに対する恐怖心というのが、上沼さんの中にある、誰の中にも光をみつける力というのを一気に磨き上げていったのかもしれないなって思うの。
ところで、上沼さん、『上沼恵美子の人生笑談 白黒つけましょ』(著者:上沼恵美子 発売日:2025年11月10日)ってご本をだされたって。
これは売りたいんですって。CDとかそういうのはどうでもいいけど、この本は皆さんに読んでほしいって言われるの。
もしかすると、そのご本の中には、上沼さんの今につながる英知みたいなものが垣間見えるのかも… ここに、そのご本のタイトルだけ置かせていただいて、徹子の部屋、上沼恵美子さん回感想の筆をおかせていただきますね。
今日も最後までご覧いただいて、ありがとうございます。
円満別居について思うこと
ここからは、ママがいま感じている「円満別居」という言葉について、すこしだけ思うことを書いていきますね。
円満別居。これ、実際にその道を歩いてみた人じゃないと、文字からはなかなか実態がイメージしにくいんじゃないかなあって思うのよね。
ネットで「円満別居とは」なんて調べてみても、円満っていう柔らかい響きとは裏腹に、けっこう重たい背景がそこらじゅうにみうけられ…。
考え始めれば、「これはどうなる?あれはどう手続きする?」ってなるから、どうしても法律家の方が関わるハウツー記事が多いのよね。
文字にすれば簡単そうに見えるけど、実際にはそう簡単にたどり着ける選択じゃないんだろうなあって感じるの。
とはいえ、人それぞれの円満別居っていう形がありそうで、ネットの中にも「へえ~、こんなスタイルなら心地よさそうだな」って思える記事も、ほんのたまに見つかるのよね。
だから余計に、上沼さんの円満別居ってどんな感じなんだろうって気になっちゃう。たくさんある“スタイルのひとつ”として、お聞きしてみたい気持ちなのよね。
今のママ的にはね、円満別居ってこんなふうに考えてるの。
ママは、自分があと何年何か月生きるのかわからないけど、その残された時間のうち、どれだけ“人にやさしい気持ちでいられる時間”を持てるかが大事なんじゃないかなって思うの。
一人の時間がもしあったとしても、その時間を「誰かへのイラ立ち」で使っちゃったら、もうその日丸ごとムダ遣いした気分になるのよね。
そう考えるとね、もし一日24時間、寝てる時間も含めて、全部の時間を「誰かのために」という心で過ごせたら、その時点でママの“今回の人生の目的”は果たされちゃうんじゃないかなって思ってるの。
でも残念なことに、今のママはその24時間の中で、人に優しくなれてる時間なんて……1時間もあるのかどうかって状態なのよね(笑)。
つまり、ママの心の中を“100の広さ”としたら、そのうちの1/24だけ光が入っていて、残りの23/24はまだまだ闇の中。
ここにいる限り、修行は続くんだろうし、生まれ変わってまた残りの部分に光を当てる旅が続くんだと思っているの。
円満別居の話に戻るとね、ママ的には、心が優しくなれる時間が増えるなら、それはどんな形でもいいと思うのよ。
もし距離を置くことで相手を思いやれるようになるなら、それはそれで素敵なこと。ただね、最近思うのよ。
“相手”に焦点を合わせると、どうしてもイラつくの。
この世界って、なんかそういうふうにできてる気がするのよね。
だからママは、自分の心に焦点を合わせる練習をしてるの。
まずはヨガとか瞑想とか、一人のときに心を落ち着けるための“入り口”を作って、普段の生活に少しずつ取り入れていくことを目指してるの。
仕事場にいるとね、どうしても心が外側ばかり見ちゃって、不安とか焦りに支配されちゃう。
でもその不安を消すために必死に働いても、実は何も解決しないんだって最近ようやく気づいたのよね。
やさしくなるためには、“外”を見るんじゃなくて、まずは自分の心の中を見ること。そのうえで、その優しい気持ちになった延長で外の世界を見る。そんな順番が大事なのかなって思うの。
でもね、人ってやっぱり“外の人の生き方”に興味がわくのよ。
今日の徹子の部屋のゲスト、上沼恵美子さんも、もう憧れの存在だから、どんなふうに考えていらっしゃるのか興味津々なの。
今日は、番組予告にあった「円満別居」というワードに惹かれて、いろいろと書きつらねてみました。


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