プラダを着た悪魔を見て伝わってきたこと。ミランダはなぜ変わった(微笑んだ)?【感想】

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プラダを着た悪魔を見て伝わってきたこと

どうして、どの職場にも自分にとっての“ミランダみたいな人”っているんでしょうね。

でも、アンディが見るミランダは、ママが嫌な上司を見る見方とは違っていたし、その結果なのか、ミランダは“アンディの目線の中で、明らかに変わっていったように見える”のよね。

今日は、そんな疑問に対する答えも含めて、この映画から伝わってきたことをお話してみたいと思います。

初上映から20年もたつというのに、今なお色褪せずに人気を集めているこの作品。続編の話題が出るたびに、この作品の強さを感じさせられますよね。

この映画が伝えたかったことって、もう本当にたくさん記事にもなっていて、読ませていただくたびに「なるほど~」って教えられることばかり。

でも今日は、そういう整理された考察はいったん置いておいて、自分に伝わってきたものを、そのまま書いてみたいと思います。

とはいってもね、正直なところを言うと、初めて見たときは、何か心にグッとくるものがあったかというと、そうでもなかったんです。

あの頃のママの経験値では、映画の中の仕事や業界の雰囲気があまりにもかけ離れていて、比較のしようもない、まさに別世界の話に見えていたんですよね。

一方で、その業界ど真ん中で働いている方や、近い環境にいる方からすれば、見え方は全然違うんだろうなとも思うの。

そういう意味では、視聴後の感想が人によって大きく変わる作品なのかもしれないわね。

でもね、ママなりにこう思ったんです。

ママの日常なんて、本当に起伏の少ないありふれたもの。

でも、その中でもやっぱり山も谷もあって、うまくいく日もあれば、どうにもならない日もある。

人生山あり谷ありって、よく言いますけど、本当にそうだなって思うんですよね。

きっとそれは誰でも同じ。

この映画の中で見せられた世界って、そういう日常の中にある“山や谷”を、ものすごく大きく、わかりやすく見せてくれたものなんじゃないかって、そういうふうに感じながら見ていました。

そんな平凡な日常をざわつかせる存在として描かれているのが、やっぱりミランダ。

おっかないですよね。

こちらがどれだけ一生懸命やっても、それを理解してくれるわけでもないし、わかろうともしないし。

でもね、あれほど極端じゃないにしても、ママのつたない社会人経験の中にも、やっぱりああいう人っていたんです。

いたというより…どこに行ってもいたのよね。

職場を変えても、環境を変えても、なぜか同じようなタイプの人に出会ってしまう。

これって、何か法則があるんじゃないかって思ってしまうくらいに。

そんな環境の中で何年か仕事をして、悩んで、「なんでこうなるのかなあ…」って思って、いろいろ調べたりもしたんです。

そのときに出てきた言葉が、

「場所を変えても、同じような人はまた出てくるよ」

っていうものだったんですよね。

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じゃあ、どうすればいいのか。

そのときに書かれていた答えは、「自分自身を変えるしかない」というもの。

今はね、その言葉の意味も少しはわかるようになってきて、「ああ、こういうことだったのか」って思えるようになったんですけど、当時は本当に難しかった。

ママはね、自分に対していけずをしてくる人っていうのを、受け入れることができなかったんです。

自分のところに割り振られた仕事はちゃんとやるし、ときには「お客様のために」っていう意識で仕事に向き合えることもあった。

そのときは、もちろん相手との関係もすごく良いものになっていたんですよね。

でも、社内の、それも自分が嫌だなって思っていた上司に対して、その人のことを思って仕事をしたことは、見事なくらいになかったんです。

だからこそ、ここは「だから」って言っていいと思うんですけど、その人との関係が良くなることはなかった。

でもね、とっても難しかったし、気持ち的には正直かなり無理やりに近かったんですけど、あるとき、ひとつだけやってみたことがあったんです。

それは、「その人が笑っているところを想像する」っていう、たったそれだけのこと。

どうしたら笑顔になるのか、なんて考えても答えなんて出てこないし、そんなことを考え始めると、むしろしんどくなるだけ。

そうじゃなくて、ただ、その人が笑っている“状態”を思い浮かべるだけ。

「たったそれだけでいいの?」って思われるかもしれないけど、「こいつ、うざい!」って思ってる人の笑顔を想像するってホントに難しい。

それは、その人との関係がこじれて、もう数年が経とうとしていた頃のことでした。毎日がしんどくて、もう仕事を辞めようかなって思うくらいまで追い込まれていたんです。

そんな状態だったからこそ、やってみたことだったんですけど――

これがね、本当に不思議なんですけど、その確執が、一気にといっていいくらいのスピードでほどけていったんですよね。

本当に見事なくらいに。

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この経験をしたあとに改めてこの映画を見ると、アンディの変化の見え方がまったく変わってきたんです。

アンディはもともと仕事ができる人だったと思うんですけど、それだけじゃなくて、あの環境の中で、ちゃんとミランダのことを想う瞬間がやってきたのよね。

理解しようとしていたし、その人が何を求めているのかを考えて動いていた。

そこにあったのは、ほんの少しの“相手に向けた意識”。

この映画の中では「選択」という言葉がキーワードとして語られることがありますよね。

どの道を選ぶのか、何を手放して、何を手にするのか。

でも、ママにとって印象に残った「選択」は、少し違っていて。

自分のことだけを考えて仕事をするのか。

それとも、目の前にいる“嫌だなと思う相手”に対して、どう向き合うのか(相手の笑顔をイメージすることを選ぶのか、そんなことはいちいち考えないという方を選ぶのか)。

その選び方のほうだったんです。

環境は、簡単には変わらないし、人もそう簡単には変わらない。

(人を変えようと何かしたって、そのことで人が変わることはない。自分の目の前で人が変わるのは、自分がその人のことをどう思っていたかという自分の心の少し前の状態が目の前に再現される…といった方が正確ね)

でも、その中で自分がどう向き合うかは、自分で選ぶことができる。

この映画がママに見せてくれたのは、キャリアの成功とか恋愛とか、そういうものじゃなくて、

「どんな人と、どう向き合うかを選ぶ力」

だったんじゃないかなって感じました。

アンディが最後にどんな選択をしたのか、という話ももちろん大切なんですけど、その前に、彼女がどう変わったのか。

そこにこそ、この物語の本当の価値があるようにママには感じられました。

まだまだ、人間関係に悩むことも多いんですけど、でも、今のところ、この「選択」こそがママにとっての解決策。

うまくいかないときは、その選択を間違えていなかったかチェックしたりしてます。

まあ、その結果、見事に100%と言っていいほどに、選択ミスをしてるんですけどね(笑)。

この映画は、ママのように職場で壁にぶつかっている人の「どうしたもんかな…」に対する答を見せてくれた映画だったように感じました。

今日も最後までご覧いただいて、ありがとうございます。

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