プラダを着た悪魔の中で、ミランダから無理難題を押し付けられて、冷たくあしらわれては「悪魔!」ってつぶやいてるアンディがいたわね。
ミランダが悪魔に違いないと見えるシーンはたくさんあったんだけど、悪魔は果たしてミランダだけだったの?
プラダを着た悪魔を見て、なんとな~く感じる違和感を、ここにちょっと綴ってみたいと思います。
この映画の中でのアンディ…ミランダから矢継ぎ早に繰り出される仕事の指示(?)を見事にこなしていき、最後には、自分で選べる立場、そう、ミランダに物いえるところまできて、決断を下すのよね。
ある意味、厳しい仕事の世界での成功法則(?)を見せられたかのようにも思えた。
でも、描かれたエピソードの中には、ハリーポッターの原稿が入手できたりとか、これは奇跡に違いないって思えるようなこともあったわよね。
つまり、アンディは奇跡を起こすための法則にのっとって行動した結果、成功した。
でも、そう思った時、何となく違和感があったのよね。
ママが学んだ成功法則には、かならず「愛」が絡んでくるの。
誰かのことを受け入れて、その人のことを助けたいだとか、笑顔になっているところをみたいだとか、そういう思いがあって、初めてその気持ちに対する証として奇跡が起こるのよね。
そこを思い出しながら、もう一度映画を見てみたわけ。
ハリーポッターの原稿を手に入れる前までに、アンディはミランダのことを「想う」シーンがどこかに描かれているはず!って。
でもね、まるでないのよね。なんで?どうして?あの奇跡はどうして起こったの?
そんな目線でこの映画を見ると、だいぶんと後半に至るまで、アンディが誰かのことを大切に思って…っていうシーンは見事に描かれていないじゃない。
アンディは、田舎から夢を持って出てきたのよね。
将来はジャーナリストになりたいって。
その夢のために、Runwayへの就職は、彼女にとっての夢への扉を開くものとアンディは考えていた。
ミランダから、どんなにつらい要求、仕打ち(?)を受けても、1年後には、自分の夢への扉が開くはずって信じて頑張ったのよね。
仕事でね、一生懸命に頑張る姿っていうのは、肯定的に見えるわよね。
それに対していじわるをするミランダは悪魔のように見えるわ。
でもね、ママには一つの哲学があって、人のことを大事に思って、その人のことを想いやって、優しい気持ちで…そういう時間にいない瞬間、人って、悪魔なんだと思っているの。
もちろん、悪魔なんかになりたくないから、意識がある間はずっと誰かのことを大切に思う、そんな時間を過ごせるようになったらいいなと思ってる。
さてさて、この映画の中でのアンディをつぶさに観察していくと、もう残り時間40分も切ってるというのに、ミランダのことを大切にしているそぶりもないじゃない。
自分がミランダのもとで仕事できると評価してもらえるためにはどうすればいいか?って、そればっかりのように見えた。
その思いで、ナイジェルにもすがったのよね。
パリ行き、エミリーは除外するわってミランダがアンディに告げた時、「そんなひどい!エミリーにはあれが全て!」みたいなことを言いながら、でもそのあと、アンディは何を選んだのかしら。
後に、ミランダから言われるわよね。
あなたわたしに似てる。
あなたは、エミリーに対して、私がナイジェルにやったのと同じことをやったのよって。
最初はね、いや、そんなあからさまに、自分が生き残るためにエミリーを利用するなんてことはしていなかったでしょって思っていたんだけど、でも、パリ行きエミリー除外を伝えられたときのアンディの表情やあの時の反応を見ていると、…そこになんかいや~なものがかぶさって見えた。
そう、それは偽善ね。
なんでいや~な感じがしたかと言えば、そういうふうなことをママ自身が何度も経験しているから。
誰かが悲しむに違いないことのお陰で、自分には何かが転がり込んでくる。
あからさまに喜ぶことはできない。
でも、心の中で、それが自分のもとに舞い込んできたことを、確かに受け入れている部分がある。
この時何が起こっているのかと言えば、ママの哲学的にはこんなことが起こっているの。
それまでに、これが欲しいって願い続けているでしょ。
それ、たまに手に入ることがあるのよね。
それは、心の中の悪魔の側からのご褒美みたいなもの。
この悪魔はね、ママの心の中で、ずっと「あれ欲しい、これ欲しい」って、そんな欲望をもち続けてほしいと望んでいるの。
でもね、この世界に生まれてきた目的は、そんな思いにとらわれずに、誰かのことを想う優しい気持ちでい続けて、覆ることのない平安の中に身を置けるようになること。
心の中の悪魔がこの世界に描いて見せた一時のプレゼントのようなものは、突然姿を変えて、今度はそれが牙をむいてくることもあるわ。
そんな悪魔がね、誰の心にも棲みついているというのを何かの本の中で学んだの。
じゃ、この映画の中で、その心の中の悪魔のささやきに応じていたのは誰かしら?
少なくとも、残り時間40分あたりまで、アンディに関しては、誰かの幸せを願いながら仕事をしていた場面は描かれなかったわね。
結果、アンディは疲れ果てていく。
ある意味、ミランダに認められて、本来の名前で呼ばれるようになって、パリにも行けることになって。
この疲れは、パリ行きを受け入れることで、エミリーを傷つけてしまうことになるという心配によるものかしら。
彼女は、パリ行きを選んだというよりは、行くことになった。
ミランダは、それが、アンディが行った「選択」って言っていた。その選択こそが、自分に似ているんだって。
でも、エミリーがパリに行けなくなったのは、事故に遭ってしまったからという理由もあるわけで、それは、あの時のアンディの選択によるものではないともいえるわよね。
実際アンディはそのように考えていた。
多少罪悪感から逃れられるという意味では救われたというような感覚もあったかもしれないわね。
でもね、ママ的には、選択はそれ以前に行われていたと思うの。
アンディは、自分が認められるためにはどうすればいいかということばかりを考えていた。
これがアンディが行っていた選択。
その時、ボーイフレンドのことですら二の次になっていたし、ましてや、あの職場で誰かのためにやさしくしようなんてことは微塵も考えていなかったように描かれてた。
これが、アンディの選択だったのよね。
そして、その選択の結果、目の前に現れたのは、どちらを選択したとしても、心の中に傷を負ってしまうことが確定しているような選択を迫られた。
パリに行けば、エミリーを傷つける。パリを断れば、Runwayでの仕事を失うことになる。
彼女は、ここでは、選択することはできないの。
このどちらを選んでも地獄という状況は、それが現れる以前にアンディの心の中で起こっていたこと。
アンディは、あの頃、悪魔だったのよね。
人にやさしくするという意識をもてなくなった心は、悪魔と呼べるんじゃないかな。
ミランダがアンディに、エミリーに自分がパリに行くことになったと告げなさいと言っていたあのシーン。
あのシーンはね、アンディもミランダも、共に悪魔になっているかのようにも見えるシーンだった。
でも、あの時のミランダは本当に悪魔だったのかしら?
ママ的にはそうではないように感じるの。
あれは、アンディの心の中が映し出されたもの。
そう、アンディの心の中の願望が、ミランダを介してアンディに突きつけられたものだと思うの。
あの時のミランダは、アンディを映し出す鏡のようなものね。
だから、ママ的にはミランダは悪魔とは見えなかったのよね。
なぜかというと、あの物語、ママにはアンディが見ている世界が映し出されていたように思えたから。
物語の殆どの部分は、アンディが心の中に思い描いていた欲望だとかが鏡に映し出されたもの。
だって、ほんの少しだったけど、ミランダがアンディの鏡だったっていう証拠も描かれたわね。
アンディが、ミランダのことを大切に思っていたシーンがあったわよね。
そう、ミランダがRunway編集長を解任されるかもしれないと知ったときのことよね。
あのとき、アンディはミランダのことを想い、なんとか窮地から救おうとした。
この時の気持ちが、エンディングでミランダが車の中から見せた笑顔に現れていたと思うの。
これは、アンディが優しい気持ちを示していた証拠よね。
だからあれは、ちゃんとした成功法則にのっとった奇跡の笑顔だともいえる。
優しい気持ちの証拠として起こって出来事は、そのあとも、決して覆って牙をむいたりすることはない。
劇中で、ミランダやアンディがプラダを身にまとっていたのかどうかはママにはわからなかったんだけど、この物語の中での悪魔は、ママ的にはアンディだと感じたわ。(でもね、ネット情報によると、パーティでミランダがまとった黒い衣装、あれはプラダだって書いてあった)
でも、それは、この物語が、アンディが生み出した世界だと感じられたから。
もし、次回作が、ミランダ目線であるように感じたなら、その時はきっと、悪魔はミランダ!って言っていると思うわ。
人は誰でも心の中に、ほかの人には知られたくないような感情や思いをもっているといわれるわよね。
でも、そんな思いに目を向け続けるんじゃなくて、目の前の人を大切にしたいと願ったその瞬間、その人は天使にもなれるのよね。
だからこう思うの。プラダを着た悪魔は、誰かのことを想う気持ちを忘れて、自分のことばかり考えていた時のアンディだったんじゃないかって。
今日も最後までご覧いただいて、ありがとうございます。


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