ドラマ老害の人の相関図

※ 1話及び予告から感じ取った相関関係を図示しています
印象に残った主要キャスト
戸山福太郎(伊東四朗さん)
亡くなられた奥様、八重さんのお通夜の席、印象派の絵画が飛び出して、その場にいた全員が戸惑いの表情になった瞬間、彼、「皆さま、本日はお忙しい中、八重の通夜にお越しいただき…」って、…ものすごい気転じゃない?
そこにいる全員を救い出したような…。
彼って、この先、本当に老害なるもので騒動起こしていくの?って信じられないくらいに、見事な対応をされたような気がしたんだけど、これも、もしかして、見る方からしたら、老害か何かだったりするのかな。
老害という言葉を向けられてしまった方々の中にも、「さすが経験者」という部分はたくさんあって、でも、受け入れがたいような言動も時折(?)出てくるせいで、老害とか言われたりするのかも…って、このドラマ冒頭の福太郎さんを観てるとそんな気がした。
会社をいよいよ去るっていうときにね、「いくら自信があっても、その自信はもはや時代的に役に立たず、老人の独りよがりに過ぎないのです」なんてことをご挨拶の中でおっしゃってらしたんだけど、ママ的には、何となくここでちょっとした違和感が…。
どの世代にとってもこの「自信」というのがくせ者なんじゃないのかな。
同世代であっても、或いは年下が年上に対してでも、そこに「自信」なるものが芽生えていたとき、この取り扱いはいつもとても難しいと思うの。
若くても何かに「自信」をもつ人というのは大勢いるわよね。
逆にある程度の「自信」がもてないようではだめだとか言われるようなことも。
でも、自分の考えや行いが絶対的に正しいなんてことはないと思うの。
意識が自分の中のそういう勝手に決めた「正しい」ことに向かった時、それと異なるものは正しくないものと認識されて、「正しい」と思い込んで誰かに何かものをいうとき、その相手からは多少なりともうざいととられるんじゃないかな。
世に言われる「老害」って、いろんなタイプがあると思うんだけど、周りの人にとっては自分とは違う何かで迫ってくる時感じる感情みたいなものを表現する言葉の一つなのかもしれないなって思ってる。
でも、この世に生を受けた人間って、少なからず、人と異なることを目指して動くところがあるから、年齢問わず、だれでもが「老害」という言葉で形容される要素はもっているんじゃないかしら。
戸山明代(夏川結衣さん)
福太郎さんの娘で純市さんの妻。
お子さんも大学受験を控えるくらいの年齢になって、ボランティアで観光ガイドをやり始めたんだって。
この方、後に出てくる吉田武さんと同じように、典型的なバランサータイプとして振る舞うことができる人みたいに感じる。
この人と、吉田武さんがその場にいれば、大人たちの集いの良識ある雰囲気が保てそうね。
でもね、このドラマ、このお方がご老人たちの自慢話に嫌気がさして、いよいよ本音を伝えてしまい…という展開を見せるといわれてる。
この究極のバランサー的女性をそこまでイラっとさせた老害っぷり、2話以降に描かれるんだろうけど、いったい何をしでかすんだろ。
でも、怖いのは、言われた老害側の方々が「逆襲を企てる」とあるし。
時間を持て余した人に恨み買ってしまうって…お気の毒でしょうがないんだけど…大丈夫かな。
戸山純市(勝村政信さん)
2023年春の純市さん。ボードゲーム製作販売会社の現社長さん。
若鮎サロンなるものが会社の中にできて1年。完全に覇気、やる気というものがなくなっちゃってる。
どうしちゃったのかな。
先代の社長が会社に顔を出すからって、ここまで生気を失うことないじゃないって思うんだけど。
戸山俊(望月歩さん)
おじいちゃんの孫に対する期待に周囲が冷や冷やする中、当のご本人のこのお孫さんは、おじいさんならわかってくれるさって、割と涼しい顔。
おじいさんが孫に期待するのって、自分の血統の優秀さをよそにひけらかしたいとかそういう思いなのかな?
或いは、純粋に、その孫の幸せを願ってのこと?
そうなら、変なプレッシャーってかけてこないわよね。
孫の優秀さをひけらかすように老人のお仲間に話しちゃう感じ、ちょっと、この俊君との摩擦が生じないかって不安がよぎる。
戸山梨子(木竜麻生さん)
福太郎さんの孫。おじいちゃんに対しても物おじせずにものが言える。
世の中大変な状況で、自分たちは運がいいとか言って笑って語り合うおじいちゃんたちに、ちょっといら立ちもピークに行っちゃったみたいね。
「話が下品」って一喝して、お年寄り軍団を黙らせちゃった。
吉田桃子(日色ともゑさん)
趣味が自慢…と公式に案内されてる。
趣味が人にとっての生きがいと信じてやまない方なのかしら。
ママのおじいさんは絵を習い始めていたわねえ。
夕食が終わると、狭い自室に一人こもって、習い始めた水彩画を描いてるんだけど、それが生きがいになっているというよりは、なんか、一人で時間をつぶしたいのかなって雰囲気を、何気に感じていた。
桃子さんは、その趣味をもっと社交的に使っているように感じたわ。
ご自身にとってはそれはとても大切な時間で、きっと、ほかの人にとっても、同様に大切なものという風に感じていたのかな。
彼女やご主人が生きがいとする趣味を積極的に使って、その場の人間関係の調整にまで使おうとされる。
でも、趣味は、たぶん…それに興味のない方にとっては、ちょっと扱いに困るものなのかもしれないわね。
それを、その場の潤滑剤として使うことに関して、他人がそれをどう思うかに思いが至らなさそうなところが、この方の老害..ともいえるのかしら。
でも、お歳をめされなくても、もともとそんな感じの方だったような気がしないでも…
この方も、隣に座る若いもん(明代さん)を繰り返しではないんだけど、会話の流れでペシッって肩や腕のあたりたたくんだけど、お年寄りってこういう傾向あるのかな?
ママの職場にいるご年配も、なんかボディタッチがちょっと強いんだけど…
吉田武(前田吟さん)
桃子さんのご主人さん。この方は俳句。
タイプ的には、典型的なバランサータイプのようにも感じるんだけど、違うのかしら。
林春子(白川和子さん)
「死にたい 早く死にたい」が口癖になってるって、周りの同世代の方々は言うんだけど…でも、同時に、差し歯一本、胃腸も丈夫だしって。
何でもかんでも「なげかわしいこと」にすり替えて言葉にできる達人って感じかしら。
娘(里江)さんがいらっしゃるんだけど、里江さんにこどもがいないことを自分に生きがいが無いことの理由のようにためらいもなく言ってしまう春子さん。
自分の娘にそんなこと言える神経ってどういう神経なのかしら。
何だかんだと愚痴めいたことを言いながらも、実は、この手の人、自分自身の気をすり減らすようなことってほとんどなくって、結果、長生きされてる…とかそんな相関がありそうな気がしてならないわ、この方をみてると。
そもそも、人目はばからず言いたいこと言って、まだ、人前に歩いて出ていける状態で、「死にたい…」とか言える?
いくらお年を召されてるとはいえ..。
ドラマには描かれない背景ももちろんあるんだろうから、一概には言えないけど、でも、この方、お友達とも呼べる方々が周りにたくさんいて、体は元気で、…もっとかまってくれ~って、自分のことばかり気にかけているような。
この方に孫ができたとしても、いったいその孫を自分のどんな「生きがい」に仕立て上げたいんだろって思ってしまうわ。
きっとまあ、孫が小さいうちは、その孫に何かしてもらうことを期待することもなく、ただひたすらに「孫のため」を思って過ごせる分、人が生まれてきて幸せを感じられる状態に、特に何かを考えることもなく至れるんだと思うけど、その気持ちを、意識して、自分の子供にも向けられないのかな。
「期待する気持ち」をどこかに置いておいて、子供の幸せを願う。
自分が年取ったときには、大きくなった子供を見ても、昔思っていたのと同じように優しいまなざしのみで見つめることは難しくなってしまうのかな。
でもそれは、自分がその子に、何か「期待」してしまってるからじゃないの?
受験だのなんだのって、親も子も気持ちすり減らす時期を超えて、そして親が子供に対して抱く何か残されたものは、子供に対する「期待」だったりするのかも。
孫というのは、誰かに期待するような気持ちを、いったん簡単にリセットしてくれる存在なのかもしれないわね。
でもそれは、意識すれば、子供に対してもできるんじゃないかな。
春子おばあさん、娘の里江さんにそんな自分の心をリセットしてくれる「孫」なんてもんを期待せずにいれたら、老害扱いされなくてすむかもしれないわね。
竹下勇三(小倉蒼蛙さん)
何でも自分本位にしか考えられなくなってしまう…いや、ちょっとそれだけじゃないか。
自分本位に考えることについて、なぜそういう風に考えるのか説明付きで発信してくるものだから、なんだか微妙に腹立たしく思えてしまう。
それに大概のことに関して、自分なりの考えがまとまってるのよね。
でも、押しつけ感があまりないぶん、ママ的には、いいご老人のカテゴリーに入ってくるんですけどね…
同じこと何回も言うのは、お年寄りだとしょうがないんじゃないのかなって思ってるし。みんながそうなるわけではないにしてもね…
林里江(羽田美智子さん)
春子さんの娘さん。お母さんと二人暮らしなんだって。
その里江さんに、「孫でもいれば…」って嫌味言ってしまうお母さん、ママ的には、ここで老害認定だわ。
里江さん、イラっとしながらもキーっ!って怒り出さないところに大人を感じる。
そもそも、わかんないけど、里江さんの支えがあって、今の春子さんの暮らしがあるんじゃないの?
まあ、お一人でもやっていけるのかもしれないけど、一緒に暮らしている以上は、もう少し言葉を選んでほしいわ。
でも、そんな環境にあっても、里江さん、暗くもなっていないし、応援してあげたくなるタイプ。
山本和美(高橋惠子さん)
1話ではご本人登場はなかったんだけど、福太郎さんの話によると、アクシデント(わざと?)に乗じたような形で、暴走しかかった福太郎さんをいさめたとか。
できる女性として語られてた。
2話以降、どんな人となりを見せてくださるのか、とってもとっても楽しみ。
村井サキ(三田佳子さん)
「あなた、責任とれるんですか」って、1話終了時点の2話予告。
この方については、クレーマーなんて呼ばれ方されてるところもちらほらと。
元は家庭科教師なんだって。
「責任とれるんですか!」って、クレーマー認定されてしまう必須擁護なのかな。
巷でも、あんた責任とれるのか?みたいな言葉を耳にすることはあるんだけど、まあ確かに、そういわれる前に、何か別の言いようもあったような気がすることも。
あ、これは、ママ自身が「責任とれるんですか!」って言われたこともあって、その時の自分を振り返ってみると、思慮配慮が足りなかったなって思い当たるようなこともあって。
もしかしたら、クレーマーのレッテルはられてしまう方の中には、自分より広い視野をもってるひともいるのかもしれないなあなんて何となく思ってしまった、三田佳子さんの演技でした。
予告でほんの2、3秒しか映し出されてなかったので、本編観たら別の印象かもしれないけど。
松木達夫(斉木しげるさん)
1話観てる限り、老害と呼ばれるには無縁…って感じがするんだけど、予告とか見てると、このお方も別の一面を見せてくるみたいな話もあるし…
年取るにつれて、経験値も増えて、何かに望みを託してっていう不確定なところはそぎ落とされてて、そのうえで物言ったり行動に移るから、世代がひと世代も下になると、もうまるで価値観が違う人ってうつってしまうのかしらね。
それに、そのお考えは、経験に基づいているものだから、頑固だったりするのかも。
視聴後の感想など
1話
福太郎さんの「あーつまんねえな、一人旅」って。
奥の細道をたどる一人旅。もてあます時間の中で、何かの生きがいを見つけようとしたのね。
お亡くなりになられた八重さんの想いを叶えてやるんだってところまではよかった。
だって、お亡くなりになっているとか、まだ生きていらっしゃる方とか関係なく、とにかく自分以外の誰かのためにって思ったときに、生きがいが感じられるのよね。
ここでは「生きがい」という言葉を「満たされ感、幸福感」くらいに置き換えて見ようかしら。
生きがいというと、なんか、自由に歩けたり動けたりする人限定みたいな情景が思い浮かびがちなんだけど、誰かの幸せを願うことは、歩くことができなくたってできるものね。
でも、福太郎さんは、その旅の中に、自分自身が満足できる何かを、そう、自分の外側に見つけようとしたのね。
あるはずの無いものを求める旅。これは年齢に関係ないわよね。
若い人だって、自分の外側や、自分が達成することの中に幸せがあるはずだって言って頑張るのよね。
時にそれを夢とか呼んだりして。
でも、老害と呼ばれる頃には、そこには何もなかったんだって気づく人も出てくる。
でも、福太郎さんは、まだ理屈の上でそれを理解するには至ってなかったのかな。
だから、若い頃と変わらず、ここにもない、あそこにもない、お金を使えばえられるかも…って、さまよって、旅も遠方まで足が伸びて、お土産も高価なものになっていった。
そして、家に帰ってきて出た一言が「あーつまんねえな、一人旅」。
やっぱり人との関わりの中に、幸せはあるのか。。って感じられるようになって、自然、会社に足が向いちゃうのね。
でも、若い頃と同じように、誰かにマウントをとることに充実感があると間違えたままだと、それも、エスカレートして変な方向に行ってしまうかも。
でも、老害と呼ばれるほどのお歳にもなれば、純粋に隣にいる人の笑顔を願って活動を始めることになるのかも…
どんな2話以降になるのか楽しみね。


コメント