ゴジラ-1.0の相関図

ゴジラ-1.0で印象に残ったキャストについて
敷島浩一(神木隆之介さん)
元海軍航空隊少尉。
このポジションをAIに尋ねてみたら、将校の中では一番下だけど、一般兵とは違い部下を持っているみたいに書かれていた。
推測だけど、一緒に飛び立った同志の中には、彼の部下だった人たちもいたのかもしれないわね。
彼、大戸島に帰還したとき、本当に機体に不調があったのか?って疑われていたけど、極度の緊張状況の中にあっては、ほんのわずかな変調も、異常と感じられることだってあるんじゃないかしら?
……きっとこの考察がまるで的外れで、何の意味もなしていない考察だということはわかってるんだけど、逆に、その時、敵に向かって飛び立っていった彼、それに彼の同志たちの心中に思いを至らせようとすると、思考がフリーズしてしまう。
彼らはママには想像すらできない世界で生きていたに違いないって。
きっと、彼のことを擁護するような考えを思いついたところで、彼自身にとって、何の慰めにもならないのよね。
なんかそんなことを考えていたら、不謹慎だけど、ゴジラが彼を苦しめたのは確かだけど、ゴジラを倒した後に、少しだけ彼に光を見せてくれる存在でもあったんじゃないの?っていう気もしてきた。
もし、ゴジラ問題が発生しなかったら、あの後、彼ってどうなってたんだろう……。
彼の演技、日本アカデミー賞では主演男優賞の優秀賞だったみたい。
あの演技で最優秀じゃないの??って、びっくりしちゃうんだけど。
ちなみに、その時の最優秀主演男優賞は『PERFECT DAYS』の役所広司さんだったみたい……。
主演、助演合わせて5回最優秀って、とんでもない俳優さんと競り合ってたわけね。
橘宗作(青木崇高さん)
極限状態にあっても、仲間のことを考えてる、心熱き人。海軍航空隊の整備部に所属。
その熱い思いは、ゴジラの出現の後に恨みとなって敷島さんにのしかかっていくことになるの。
でも、最終的に、敷島さんのことを赦すのよね。
なんでそんな風に心変わりできたんだろ。敷島さんに死ぬ決心が整ったから認めたの? なんかそれだと、いい言葉思いつかないけど、寂しくない?
なぜなんだかわからなくて、どうせいつも通り、頓珍漢な答えを出してくるんだろうけど……と思いながらAIにどう思うか聞いてみたのね。
すると、「橘は、敷島さんが死ぬ覚悟を決めたことではなく、生きてゴジラに立ち向かう覚悟を持ったことを認めたんじゃないか」って返してきた。
あまりにまっとうな答えに、ちょっと驚いたんだけど、ははーん、まあ、AIのやることだから、どこかの誰かがそういう考察を出されていたということよね、きっと。
それをヒントにママ的考察を続けてみると、こんな感じ。
生きるというのは、誰かの幸せを願うこと。
彼は、戦争という悲劇の中で自分を見失い、自分を責めることに時間を費やし、誰かの幸せを願う時間など持てなくなってしまっていた。
その間、彼はずっと真に「生きる」状態にはいなかった。
橘さんの憤りは、彼の中に「生きる」意志が感じられなかったせいじゃないかしら。
だって、人はこの世に「生きる」ために生まれてきたんだものね。
だから、それを感じ取っていた橘さんは、彼自身、なぜだか理由もわからないのに「怒り」がこみ上げていた。
そして、橘さんはそれを、敷島さんが自分の仲間を見殺しにしたせいにしていた。
でも、そうだとしたら、それは、いつまでたっても赦せないんじゃないかしら。
だから、本当の怒りの根源は、目の前の人(敷島さん)が、真に生きるということを忘れてしまっていたことに対する怒りだったんだと思う。
そして、ゴジラに向かっていこうとする敷島さんの中に、橘さんは再び彼の「生きようとする姿」を見たのよね。
そして、彼は、彼の「生きる」に対して手を差し伸べた…と、そんな風に理解したんだけど、どうかしら。
太田澄子(安藤サクラさん)
敷島さんが住む実家の隣人の方。浩一さんかい?って呼びかけていたところを見ると、以前には交流のあった二人みたい。
でも、自分の子供を戦争で亡くしてしまったせいで、敷島さんに、つらく当たってた。
彼女にとっては、子供の存在が、彼女自身が「生きる」ために不可欠なものだったのね。
それを失ってしまったから、彼女は今「生きる」ことができなくなっていた。
その状態は、きっと心に暗闇をもたらすのよね。
だから、口をついて出てくる言葉には、やさしさの欠片も見あたらない。
でも、きっと、人は本能的に「生きる」ための何か(誰か)を見つけ出す力があるんじゃないかな。
その力が、敷島さんのところに居ついた典子さんと明子ちゃんに向けられた。
あれだけの悪態をつきながら、明子ちゃんのお世話をしたくてしょうがなくなるのよね。
何とか明子ちゃんに栄養を取らせてあげようと必死になってた。
彼女も、敷島さんより先に、「生きる」ために必要なことを自然と見つけ出していた一人ね。
大石典子(浜辺美波さん)
彼女は、敷島さんより前から「生きる」ということを知っていた人なのかもしれないわね。
彼女は、見ず知らずの女性に託された幼子「明子ちゃん」を我が子のように守ろうと懸命だった。
敷島さんから、そのいきさつについて、どうかしてるぜ的に言われたときだって、「あなたに関係ないでしょ」って、意に介そうともしなかった。
彼女にとって、誰かのために生きることは当たり前のことになっていたのよね。
そういう人を前にすると、たいがいの人は惹かれていっちゃうわよね。
秋津淸治(佐々木蔵之介さん)
機雷除去用の特設掃海艇「新生丸」の艇長。
機雷の除去の仕事ということで、敷島さん、再び死の恐怖に直面することになったんだけど、正味のところ、この秋津さんはじめ、水島さん、野田さんに会った瞬間、その恐れは吹っ飛んでいったんじゃないかしら。
それほどまでに、この3人の方、見てるだけで安心感が伝わってくるのよね。
なんでかな……もう理由は明白なんだけど、もうここまでに何度も書きすぎてるから、くどいわよね。
くどいけど……彼らは、誰かの幸せのために、それを願って生きている人たちだから……だと思うのよね。
そこには絶対的な安心感が漂ってるのよね。
野田健司(吉岡秀隆さん)
元は技術士官で、戦時中は海軍工廠で兵器の開発に携わっていた。
「実に不健全だ」って、いつの言葉かわかります?
敷島さんが新居を建てて、仲間3人と夕食を囲んでいるとき。
明子ちゃんが「お父ちゃん」って言ってるのに、
「明子」
「はあい?」
「言ったろ、俺はお前の父ちゃんじゃないぞ」って言った時。
いや、これは本当に不健全すぎる!!
野田さんは、本当に頭のいい方なので、こんな的確な表現ができる方なのよね。
不健全すぎよね。
水島四郎(山田裕貴さん)
新生丸の見習い乗組員。
上に書いた野田さんの発言の流れでね、ちょっと調子に乗ってものを言っただけなのに、敷島さんからどやしつけられてしまう存在。
戦争に行った彼と、戦争に行っていない水島さんとの間には、ものの見方や感じ方にちょっとした開きがあるのかもしれない。
水島さんの方はそれを自覚できないみたいね。
でも、水島さんからしたら、ほかの3人は第一線で活躍している存在として見えていて、自分もそこに早く肩を並べたいとでも思っていそうな感じ。
視聴後の感想など:手渡された写真の意味
橘さんが、敷島さんに手渡した数々の写真。お亡くなりになった方のご家族の写真よね。
あの写真をなぜ橘さんに渡したんだろうって考えてた。
最初は、単に、嫌味というか、ずっと、亡くなった方の無念を忘れるなよって、一生それを背負って生きていけって、ネガティブな方向でとらえていたんだけど、なんかそれだけじゃないような気がして。
やっぱりこれは、橘さんが心の奥底に持っていた願いが込められていたんじゃないかと思うの。
もちろん、橘さん自身も気づいていない気持ちからの行動。
あの写真は、亡くなった方みんながそれぞれに持っていた「生きる」ために必要だった存在。
誰かの幸せを願って生きるための、その「誰か」の写真だったの。
あの写真を敷島さんに押し付けるように手渡したのは、早く「生きる」ということを思い出せという、天からの計らいだったんじゃないかな。
彼は、誰がどう見たって、あの先、ずっと自分を責め続けて存在していくことになると思われた。
そう、あのままだと「生きていく」んではなくて、ただ、そこに存在しているだけの存在。
真に「生きる」ためには、誰かの幸せを願うことが必要。それは、誰であっても構わない。
たまたま出会った、血のつながらない育ての親と子供であっても構わない。
目の前に現れた、誰かのために、その幸せを願うこと。
それが彼が再び「生きていく」ということだから。
あの写真は、彼に、そのことに早く気づけと手渡されたものだと思うの。
「もう終わりにしてもいいですか。もう一度生きてみたいんです。」
と、手作りのご両親のお位牌に向けてつぶやいた言葉。
この言葉も最初はよくわからなかったんだけど、同様に考えてみたら、自分なりに理解できたような気がした。
何を終わりにしようとしたのか考えていたんだけど、それは、自分を責め続けること。
そして、もう一度生きてみたいというのは、誰かのことを大切に思って、誰かの幸せを願って生きること。
この彼の中で起こった気づきが、橘さんにも伝わって、結果、橘さんは、誰かのためを思う敷島さんを「生かし続ける」ことができるように、あの戦闘機に脱出装置を取り付けてあげたんじゃないかなって思いました。


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