ナイトミュージアムの相関図!アメリカ硬貨の肖像サカジャウィアとは

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※この記事は作品のネタバレを含みます。未視聴の方はご注意ください。また、本文に記載している登場人物や物語に関する内容は、作品を視聴した上で筆者が感じたことを個人的な考察としてまとめたものです。公式設定や制作側の意図を解説するものではなく、一部内容が公式情報や一般的な解釈とは異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。

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目次

ナイトミュージアムの相関図

キャスト

ローレンス・ラリー・デイリー(ベン・スティラーさん)

ラリーのこと、「うだつがあがらない」なんて表現されることもあるんだけど、……夢を追いかけてるのよね。

でも、今はまだ、お金には縁がなくて、だからとっても厳しい状況だと思うの。

それなのに、彼、しっかりと息子と向き合うし、今の状況が息子のことを考えると、ちょっと望ましい状況ではなさそうだなんていう言葉が耳に入ったら、即、定職を得ようと行動するし……。

そう、彼は、いつも息子ニックのことを思っていたのよね。

いつも子どものことを気にかけている彼に、「うだつがあがらない」なんて言葉、当てはまるわけないわよね。

それに、ひとたび状況を把握した後の彼の顔つき、まるでイーサン・ハントが如く、できる男の顔になってるじゃない。

運動神経だって悪くなさそう。

きっと、若い頃ってモテたタイプよね。

魅力的な女性との間にこどもも授かって。

一時、ちょっとうまくいかないように見えただけかもしれないわね。

学習能力だって思いっきり高いんだから。

それに起業家マインドだって溢れてる。

最後に、一番大切なところ。愛情深さだって文句なし。

つまり、彼って、とっても魅力的な男性なのよね。

でも今のところは、離婚して、息子は基本的にはお母さんと暮らしてる。

決められた日にだけ息子に会うことが許されていて、彼の家に泊めてあげることもできるんだけど、離婚した元妻からは、定職につかず、家も引っ越し続きの状況が続くなら、お泊りはもうさせないでなんて言われてる…  

続編もあるんだけど、今作での彼のプライベートはちょっと大変そう。

ニック・デイリー(ジェイク・チェリーさん)

ラリーの息子。とってもいい子なのよね。

両親は離婚、父親の仕事や住まう家は安定しない。

そんな中にあっても、周りの大人みんなの事情を理解して受け止めているようにも見える。

そりゃもちろん、キャパオーバーになって、父親にさらりと苦言(?)めいたことをいうこともあるけど、基本、受け入れてるのよね。

そんな彼だから、父親の周りに起こる奇跡を目撃するのに、それほど時間を要さなかった。

でも、この年頃の子供にとっては、その目で見る日常の現実がうまく展開しているように感じられたなら、その後の彼の進むべき道に大きく影響するのかもしれないわね。

つまり、お母さんが離婚後に選んだ男性の姿を見て何かを学び始めてるという事。

ラリーにとっては、ちょっと寂しく感じられる姿よね。

エリカ・デイリー(キム・レイヴァーさん)

ラリーの元妻で、ニックのお母さん。

基本、ニックはエリカの方と生活を共にしているのよね。

ラリーと離婚はしたけど、ラリーのことを嫌いになったという感じは受けないわね。

どちらかというと、夢を追い続けるラリーについていけなくなったって感じかな。

収入が無くて、住む場所も転々とせざるを得なかったみたいだし。

親は子供の手本になるべきと考える人はいると思うんだけど、このエリカはそのタイプだったのかもしれないわね。

不安定極まりない状況を続けるラリーは、息子ニックの教育上よろしくない…とかね。

離婚後、しばらくは、ニックがラリーのところにお泊りすることも認めていたみたいだけど、もう我慢も限界に来ているみたい…

再婚相手のドンが、ラリーに敵対しないところが、この複雑な関係を丸ーくおさめる潤滑剤になっていたような気もするわね。

セシル・フレデリックス(ディック・ヴァン・ダイクさん)

えらくにこやかに登場したこの男性。

ママは第一印象で人を見抜くってのが、ほんとに苦手。人を見る目がないのよね。

このおじさんのあの大げさな笑顔にコロッと騙される。

でも、この男が、このドラマの中でのヴィラン。

最後にはとらえられて、一泡吹かされてしまう役どころ。

アッティラたちにとらえられて、「マキカカ」とか意味不明な言葉を聞かされて怯えまくるのよね。

ちなみに「マキカカ」ってなんだろってネット情報を調べてみると、どうやら「ちょっとだけね」とかいう意味と考察されてるみたい。

でもね、彼、このミュージアムでの不思議な出来事に、単に夜警としてかかわっているだけでなく、かなりの昔に、別な形でかかわりをもっていたの。

それは、この1作目では触れられることはないんだけど…

ガス(ミッキー・ルーニーさん)

腕っぷし強くて、口が悪くて、結構なウソをかましてくるおじいさんってところかしら。

彼が「サリヴァン」と戦ったことがあるとか言っていたわね。

「サリヴァンって誰なの?」って、ちょっと調べてみると、ジョン・ローレンス・サリバンというプロボクサーがいたみたいね。

タイトルホルダーでもあったみたいだから、有名な人だったのかもしれないわね。

でも、1858年生まれとかいうことだから、ガスが戦ったとするには、ちょっと無理がありそうね。

彼が最初に登場するシーンで、セシルはラリーに彼のことを口が悪いのが玉にきずだ…みたいなこと言っていたけど、ママ的には、彼のいいところを探すのに苦労するわ…

セシルはなぜ彼と付き合えていたのかしらって、ストーリーには関係ないところで興味そそられるわ。

レジナルド(ビル・コッブスさん)

3人の警備員のうちの、杖をついていた人物ね。

ところで、彼ら、夜になると元気になるって言ってたんだけど、昼間の様子を見る限り、元気になるのは夜だけのようね。

一日のうちの一時とはいえ、杖もつかずに動けるようになるんだとしたら、彼らにとってその時間は、とっても貴重な時間だったに違いないわね。

でも、それはあの博物館にいるときだけ。しかも仕事中。

彼らが犯行に及ぼうとする気持ち、まあ、何となく理解できないことはないけど、博物館のものを私物化しようというたくらみは、よくないわよね。

レベッカ・ハットマン(カーラ・グギノさん)

博物館の案内員さん。

ラリーが博物館の展示動物たちが動き出すと言った時の彼女の反応を見る限り、かなりストレスが溜まってしまってたのかなって感じさせる。

ラリーの冗談に付き合ってみるっていう受け止め方は、あの時の彼女にはできなかったみたい。

論文の行き詰まりとか言っていたけど、人との交流もあまり得意ではないって言っていたし、博物館での仕事自体もきつかったのかな……。

マクフィー博士(リッキー・ジャーヴェイスさん)

彼は、この物語の舞台となる博物館の館長さん。

博士というくらいだから、何か研究とか取り組んでるのかなとネット情報を調べてみるんだけど、そこらあたりの詳細設定は見当たらなかったわ。

それに、続編では彼よりもさらに上位のポジションの人も現れるみたいだから、今作では、この博物館の運営にも関わっている責任者の一人くらいで見ておくのがよさそうね。

「博物館たるもの、こうあるべき……」みたいなこだわりは、結構強く持っていそう。

よくいる主人公をいじめてくるタイプなのかなとも思えたんだけど、そうでもなさそう。

きっと、自分の責任にがんじがらめに縛られて、ゆとりをなくしてしまった人って感じなのかもしれないわね。

悪い人ではなさそうね。

デクスター(オマキザル)

なんでこのサルだけ、動物なのに名前が付いてるんだろ?

まさか有名人(サル)?って、一応調べてみたんだけど、デクスターという名前は、単にセシルたちがそう呼んでいただけみたいね。

でも、このデクスターを演じたオマキザルさん自身は、かなり有名で、海外のウィキペディアでは「Crystal the Monkey」という名前で、かなりの紙面を割いて説明されてるのよね。

英語サイトを日本語翻訳させると、「彼女の女優としてのキャリアはディズニーの……」とかって表示されるんだけど、まさにトップ女優なみに扱われてるの。

映画の中では、少々小憎らしいんだけどね。

彼女がラリーにおしっこをひっかけるシーンで、勝手にオスかなってイメージしてたんだけど、メスだったのね。

アクメンラー王(ラミ・マレックさん)

「アクメンラー王の石板」の主よね。

石板と言いつつ、要の部分は純金でできてるらしいの。

この方は、ほぼ架空の人物と言ってよさそうね。

アッティラ(パトリック・ギャラガーさん)

アッティラとか、全くわからないものだから、ネット情報にうわべの知識だけだけど、ちょっと助けを求めてみたの。

どうやら、東アジアから西側に勢力を伸ばして、東ローマ帝国に接するところまでに至り、戦いを繰り広げていたような情景が読み取れたわ。

アジア圏からヨーロッパ圏というとてつもなく広い範囲の中で、その中でも有名な人物だったということだから、ものすごい人だったのね。

彼の没後、ヨーロッパ圏側が感じていた脅威というのが薄らいだというような話もあるみたいで、かなり軍事的に力を持っていた人物と思われるわ。

サカジャウィア(ミオズ・ペックさん)

「行動は言葉に勝る」って格言、知ってる?ってレベッカが見学に来た子供たちに言っていたけど、続きはラリーに遮られちゃった。

ラリーは「サカジャウィアは耳が聞こえなかったの?」って。

ラリーがサカジャウィアに話しかけた時、彼女は「聞こえない」って言っていたものね。

もちろんラリーは、ガラスに遮られてのものって、その時は理解していたけど、今、レベッカが「行動は言葉に勝る(Actions speak louder than words.)」って言ったもんだから、「Speak louder」が耳に残って、「サカジャウィアは耳が聞こえなかったの?」になったんだよって、AIが教えてくれた。

なるほど~。

きっとどっかからのパクリなんだろうけど、いいとこ拾ってくるじゃない。

彼女が伝えたかったのは、サカガウィアの行動力のすばらしさみたいなところで、「行動は言葉に勝る」とかいう格言をサカジャウィアが言ったとか、そういう話ではなかったみたいね。

ところで、サカジャウィアさん、アメリカでは2000年あたりに効果の肖像モデルに選ばれていたりと、アメリカの歴史に深く影響を与えていたみたいなの。

彼女がいた1800年代初頭っていうと、今から200年ほどしか遡らないのよね。

そのころ、白人にとっては、アメリカはまだ知らない土地だらけで、東から西へ向かう事さえ”探検”と呼ばれていたみたいなの。

サカジャウィアは、現地ショーショーニー族インディアンとして、白人の探検家が西へ移動するのをその探検隊の一員として助けたそうなの。

彼女がいなかったら、今のアメリカがたどってきた歴史も、だいぶん違うものになっていたかもしれないわね。

ブリキ男/クリストファー・コロンブス (ピエルフランチェスコ・ファヴィーノさん)

ラリーが最初に「ガリレオか?」って間違えたブリキ男ね。

ラリーには、きっと『オズの魔法使い』のイメージがかぶったんでしょうね。

コロンブスさん、ラリーが理解できない言葉で返事してきたものだから、ラリーは「ガリレオか?」って。

ちなみに確認してみると、コロンブスもガリレオも現在のイタリアの方の出らしいのよね。

ラリーはイタリア方面の言葉がわかるのかしら。

AIに聞いてみると、コロンブスがラリーに嫌味返すんだけど、その言葉が「Turista(旅行者)」。

イタリアとかで使われる言葉らしいわ。

ジェデダイア(オーウェン・ウィルソンさん)

西部開拓時代を再現したジオラマの中で暮らす、小さなカウボーイ、ジェデダイア。

体は小さくても態度や口はデカい。

隣のジオラマにいるローマ軍のオクタウィウスとは犬猿の仲。

西部のカウボーイと古代ローマの軍人という、どう考えても接点のなさそうな二人が、毎晩のようにケンカを繰り広げるのよね。

オクタウィウス(スティーヴ・クーガンさん)

古代ローマのジオラマに暮らす、小さなローマ軍の将軍がオクタウィウスです。

身長はジェデダイアと同じくらい。

それなのに本人は完全に「私はローマの将軍である」という誇りを持っていて、体の小ささなどまったく気にしてなさそうね。

セオドア・ルーズベルト(ロビン・ウィリアムズさん)

彼、自分が蝋人形なんだって知ってるのよね。

テディと呼ばれるセオドア・ルーズベルト本人でもないって、自分で言っていたし。

つまり、彼は博物館の中で、もともと彼が似せて作られたセオドア・ルーズベルト本人になり切るようなつもりで、いつも頑張っていたってことなのかしら。

そう考えると、ティラノサウルス(レックス)が犬のようにしっぽを振って遊んで欲しがったり、オリジナルとは別の性格を持っていることも、まあ何となく納得できるような気がするわ。

だから史実にはない、テディがサカジャウィアに恋心(?)を持って、遠目に見つめていたりとか、そんなことが起こるということね。

「この世には生まれつきの偉人となりゆきの偉人がいる。君が偉大になるチャンスは今だ」とか言ってたわね。

とらえようによっては、彼らのように「なり切る」ことで、生まれつき偉大だったわけではない蝋人形でさえ、今その場所で「偉大」になれるのかもしれないわね。

感想

ひと騒動が終わって、エンディング近く。

心通じ合ったテディが馬にまたがり、ラリーが振り返ってテディを見た時、彼はもう元の蝋人形に戻っていた。

あのシーンね……ママ的には、なぜか人の一生の終わりを見たような気がしたの。

人が終焉を迎えた時、その人はもちろん、もう動かない。

でも、だからといって、その人とのつながりまで消えてしまうわけじゃないんじゃないかなって。

テディはね、2作目にも登場するのよ。もちろん、1作目でラリーと築いた絆も、そのまま受け継がれていく。

あの博物館の蝋人形たちは、もちろん、それ自体に血が通う存在ではない。

でも、もしかしたら、人という存在も、それに似たようなものなのかもしれないなって思った。

この世界で動いている身体は、いつか動かなくなる。

でも、その身体がなくなったからといって、その人との心のつながりまでなくなるわけじゃない。

むしろ、その人と過ごした時間や、その人から受け取ったものは、その後も自分の中で生き続ける。

そして、もしかしたら――。

身体というものを使ってこの世界に生まれてきた人たちが、一度その身体を離れたあと、またどこかで、別の身体を使って出会うことだってあるのかもしれない。

そんなことを、あのテディの姿を見ながら、ふと思ったのよね。

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