ブラッサムの相関図!印象に残ったキャストについて思った事や感想も。

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※この記事は作品のネタバレを含みます。未視聴の方はご注意ください。また、本文に記載している登場人物や物語に関する内容は、作品を視聴した上で筆者が感じたことを個人的な考察としてまとめたものです。公式設定や制作側の意図を解説するものではなく、一部内容が公式情報や一般的な解釈とは異なる場合がありますので、あらかじめご了承ください。

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目次

ブラッサムの相関図

※第1週視聴時点の印象に残った人物の相関図です

主なキャストについて思った事

葉野珠(村上蘭さん/ 石橋静河さん / 加賀まりこさん)

ラジオから流れてきた「『生きて行く私』が新聞連載で大反響」というニュースの葉野珠さん。御年85歳、その時1982年(昭和57年)っていうから、今の85歳の方とはかなりご経験が違うはずよね。嬉し恥ずかし20歳ごろには第一次世界大戦、50歳にもなろうかという頃に第二次世界大戦の終戦でしょ、高度成長は50を過ぎてから。もの心ついたころには日本もかなりの復興を果たしていた今の85歳の方とは、ものの見方や考え方がだいぶ変わっているのかもしれないわね。だから、「生きて行く」という言葉の意味も、もしかしたら今の人たちが思い浮かべるものとだいぶ異なるところがあったかも。この『生きていく私』はモデルになった宇野千代さんが実際にお書きになったもので、100万部を超えるベストセラーになったんだとか。でも、それって1983年以降に起きた出来事。つまり読者の多くは、珠さんとは1世代どころか2世代も後の人たちが共感してたってことよね。昭和の終わりごろから平成にかけて、ママ的感覚では特別生きにくい時代という感じは受けなかったのだけど、どちらかというと周りにモノや人があふれてて表面上は満たされまくってた感じすらする。その時代を生きていた人が、葉野さんの生き様の中に求めたものって、何だったのかしらね。

葉野リョウ(国仲涼子さん)

珠の本当のお母さんは早くに亡くなってしまってて、リョウさんは血のつながらないお母さん。血のつながらないお母さんが子供を大切に育てるドラマって、最近のもので言えば思いつくのは『義母と娘のブルース』かしらね。あのドラマ振り返って、なんであの義母は血のつながらない娘をあのように大切に育てることができたのか…って考えると、責任感だとか、色々あるんだろうけど、やっぱり目の前に現れた人すべてに向けてくまなく愛を発信していける人ということになるのかしら。幼い珠ちゃんが、お母さんのこのやさしさに触れるたび、不安を感じるようなこともいわれてたんだけど、なんなのかしらね。

まだ第2話だけど、予想としては、珠ちゃんというのは後に破天荒といわれるほどに、自分の感じたままに自由に動き回ることを選んだ人。その珠ちゃんからしたら、お母さんはとてもやさしくて、尊敬に値する人だったに違いないけど、自由ではなかったように見える。珠ちゃんにとっては最も大切な“自由”を奪われた姿をそこに見て、その時だけは、心の中のちょっと光とは違う部分が刺激されてしまったんじゃないかな。珠ちゃんはポジティブって言葉で言い表されることが多いと思うんだけど、お母さんを見つめるとき、珠ちゃんのいつも前を見る心が、ほんの一瞬、前を見なくなる、つまり、そのお母さんに同調してしまう瞬間がそこにあるのかもって感じる。

葉野清治(渡部篤郎さん)

まだ今日は第2話終了時点。ここまでの彼の姿、もう紹介もしなくてもいいくらい(笑)。カナリアの餌を切らしてしまったことを指摘するところまでは、まあ、百歩譲ることにするわ。でも、その餌袋、投げ捨てるように手渡すって、いったい何なのよ。しつけが厳しい父親とか言われていたりもするけど、しつけがいるのはあんたの方やん!どこで、人にもの渡す時投げつけろって習ったんやって。「このくそおやじ!」って言いたいわ。この人の中に何か感じるところを探すとしたら「窮屈そうじゃのう…お前も」って籠の中のカナリアに向けてつぶやいたあたりかしらね。この人も「自由」を求めて、あそこでもないここでもないってさまよい続けているのかしらね。そりゃまあ、迷い続けている間は、気も狂わんばかりに叫びたくなったりもするか…。何か気づきを得る一つ手前のところにいる人なのかもしれないわね。珠がこの父のことを色々あるけど「嫌じゃない」と思っているわけは、もしかしたら、自分と同じように「自由」を求めて必死になっていると感じているからなのかな。もしかして、珠はそこを超えて真の「自由」を垣間見た人だったりするのかしらね。

視聴後の感想など

第1週(2話時点)

モノがあふれても満たされない私たちが、葉野珠に惹かれる理由

1983年に単行本化された『生きて行く私』が100万部突破の大ベストセラーになるわけだけど、この頃って見た目や流行ばかりを追いかける世の中の空気を皮肉っていた時代とか言われてたりするみたい。

モノや情報があふれて満たされまくっているはずなのに、どこか虚しくて根源的な何かに飢えていた当時の人たちが、珠さん(実際には宇野千代さん)の圧倒的な生のエネルギーに救いを求めていたのかもしれないわね。

で、これって今の私たちにもそのまま言えることのようにも感じる。女性が自由に生きられなかった時代の珠さんと、モノや情報があふれてもなお満たされない現代の私達。結局のところ、周囲の環境がどうであれ、満たされたい一心で追い求める対象を間違えてしまっている限り、人は決して本当の意味で満たされることはないのよね。

だからこそ、時代の制限や世間の枠組みに抗いながら、自分自身の足で貪欲に「生」を掴み取っていった葉野珠さんという女性の中に、私たちが現代で見失いがちな「本当に満たされる生き方のヒント」が隠されているような気がしてならないの。この85歳の珠さんが放つ圧倒的な存在感を起点に、これから彼女の幼少期や青春期がどう描かれていくのか、目が離せないわね。

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