人間の家の床下で、人間に見つからないように暮らしながら、生活に必要なものをちょっとずつ「お借り」して生きている小人たち。
スタジオジブリの映画『借りぐらしのアリエッティ』は、そんな小人一家の14歳の娘・アリエッティと、心臓の手術を控えた12歳の少年・翔が出会うお話です。
最初に観た時はね、なんで引っ越してしまうのよって、ママ的にはちょっと納得いかなかったの。
翔君は小人を捕まえようとしているわけでもないし、大叔母の貞子さんだって小人の存在を信じてくれそう。
だったら、ハルさんにだけ見つからないようにして、仲良く暮らせばいいやんって。
でも、「借りぐらし」っていう暮らし方を考えているうちに、ああ、そう簡単な話ではないんだなって思えてきたのよね。
人間と小人が仲良くなりました。めでたしめでたし。
そういう話ではなかったみたい。
というわけで今回は、『借りぐらしのアリエッティ』の相関図とキャラクター、声優さんについてまとめながら、作品を観てママなりに感じたことを書いていきたいと思います。
借りぐらしのアリエッティの相関図

アリエッティは、父のポッド、母のホミリーとともに、人間の屋敷の床下で暮らしています。
生活に必要なもの、時に角砂糖やティッシュなど、人間が気づかない程度に、ほんの少しだけお借りする。
それが、彼らのいう「借りぐらし」。
でも、この小人さんたち自ら、お「借り」しながら生きているんだという意識を強く持っているところが、何ともつつましやかな人たちだなって感じがする。
そんな彼らが場所をお借りしている屋敷へ、心臓の手術を控えた12歳の少年・翔が、静養のためにやってきます。
翔は到着したその日に、庭を歩く小さな女の子、アリエッティの姿を目撃。
人間に見つかってはいけない小人と、小人の存在に気づいてしまった人間。
この時点で、もうポッドからすれば、はい終了。引っ越し検討案件です。
一方、翔はアリエッティたちを助けようとします。
角砂糖を返したり、ドールハウスの台所を小人の家へ運んだりするんだけど、それがまあ、ことごとく小人一家を怖がらせるのよね。
親切なのよ。
親切なんだけど、怖いの。
そして、屋敷で働くハルさんまで、小人の存在に気づきます。
こちらは翔君のように、仲良くしたいタイプではありません。
捕まえたい。
証明したい。
業者まで呼びたい。
もう小人側からしたら、翔君もハルさんもまとめて「人間怖い」で処理したくなるのも無理はないかもしれないわね。
借りぐらしのアリエッティのキャラクターと声優さん
アリエッティ/志田未来さん
人間の屋敷の床下で、父のポッド、母のホミリーと暮らしている14歳の小人の女の子です。
活発で好奇心旺盛。
草花の中を楽しそうに歩き回り、初めての「借り」にもワクワクしながら出かけていきます。
人間は危険だから、絶対に見つかってはいけない。
お父さんだったら、人間に見つかった時点で話し合い終了なのに、アリエッティは翔君と直接話して、お願い事までしてみる始末。
ひとくくりに人=危険という見方はしていないようなの。
ちょっと翔君とアリエッティの間にただ事ではない雰囲気を感じたのは、翔君からアリエッティが「君たちは滅びゆく種族なんだ」と言われる場面。
いやいや、会って間もない女の子に、なんちゅうこと言うねん。
しかも本人を目の前にして。
人間は何十億人もいるけれど、小人はほとんど残っていない。だから、君たちは滅びる運命なんだって。
でもアリエッティは、そんな話を黙って聞きません。
私たちは、そう簡単には滅びない。
小さな体で、きっぱりと言い返します。
あの時、弱い存在だったのは、アリエッティではなく翔君の方だったのかもしれないわね。
体の大きさは翔君の方が圧倒的に大きい。でも、生きようとする力は、アリエッティの方がずっと強かったのよね。
志田未来さんのお声も、少女らしい可愛らしさだけでなく、アリエッティの芯の強さがよく伝わってきました。
翔/神木隆之介さん
生まれつき心臓が弱く、手術を控えている12歳の少年です。
手術前の一週間を、母親の大叔母にあたる貞子さんの屋敷で過ごすことになります。
物静かで、どこか達観しているようにも見える翔君。
でも、12歳で達観って。
本当は達観なんかではなく、期待して傷つかないように、先に諦める癖がついてしまっていたのかもしれない。
自分の心臓は治らないかもしれない。
自分は長く生きられないかもしれない。
両親も自分のそばにはいない。
そんな気持ちを抱えているから、小人たちの話を聞いた時にも、「君たちは滅びる運命なんだ」とか言ってしまったのかな。
あれ、アリエッティたちの未来に自分を重ねたのかな。。
自分は病気だから仕方がない。
生きられない運命だから仕方がない。
でも、アリエッティはそんな翔君の諦めを、真正面から否定します。
そんな簡単に滅びてたまるかって。
翔君はアリエッティたちを助けようとして、角砂糖を返したり、ドールハウスの台所を運んだりします。
でもね、この親切が、小人一家にとってはちょっとした脅威に映ったみたい。
翔君はね、きっと、あの小さな体の小人さんが、一生懸命に運び出そうとした角砂糖とか、そのまま置き去りにしなければならなかった状況が気の毒に思えて仕方なかったのかもしれないわね。
でも、やっぱり受け入れてはもらえず、翔君はとっても寂しい思いをしたんじゃないかな。
それでも、アリエッティに出会ったことによって、翔君自身が変わりはじめたのはあきらかよね。
それまで心配され、守られる側だった翔君が、アリエッティたちを助けるために、自分から動き始めたの。
ポッド/三浦友和さん
アリエッティの父親です。
無口で冷静。
娘が初めて借りに出る時にも、必要以上に怖がらせることなく、淡々と準備を進めます。
うーーん、アリエッティの将来を考えると、危険がない範囲で、多少の冒険や経験は必要だと思っているのかな。
お母さんに余計な心配をかけない限り、意外と自由にさせている感じもするのよね。
でも、人間のことになると、急に厳格。
アリエッティが翔君と話したと知ると、一切の交流を認めません。
最初はね、ママも思ったの。
そんな固いこと言わんでもいいやんって。
翔君は悪い子ではなさそうだし、時代も変わっているんだから、人間と信頼関係を築く方向に進んでもいいんじゃないのって。
でも、よく考えると、ポッドの方が正しかったのかもしれない。
人間は、小人の家を簡単に壊せます。
小人を捕まえることもできます。
床板を剥がすことも、業者を呼ぶことも、食べ物を与えて飼うような暮らしをさせることもできる。
人間側に悪気があるかどうかは、あまり関係ないのよね。
力の差が大きすぎるのかな。
ポッドは人間を憎んでいるというより、人間という存在を信用できるかどうかに、家族の命を賭けるつもりがないのでしょう。
それにしても、笑うことってないのかな、このおやじは。
三浦友和さんの渋いお声も加わって、ちょっとした小人界の高倉健さんみたいになっていました。
ホミリー/大竹しのぶさん
アリエッティの母親です。
とても心配性で、怖がり。
ポッドとアリエッティが借りに出かけている間、家で落ち着かずに帰りを待っているタイプ。
ああ、大竹しのぶさん、うまい~って感じたのは、やっぱりホミリーの感情が高ぶった時のお声。
アリエッティがお借りし損ねた角砂糖を、翌日、翔君が床下の換気口のような場所へ置いてくれます。
するとホミリーが、
「罠よ!」
「引っ越さないと!」
「住みやすかったのに~!」
って、一気に感情を吐き出すの。
目の前には、初めての借りに失敗し、翔君にも姿を見られ、しょげ返っているアリエッティがいるのよね。
でも、ホミリーは、そのアリエッティの気持ちを見る余裕がない。
アリエッティのせいで家を失うとは、はっきり言っていないんだけど、聞いているアリエッティからすれば、そう言われているように感じるじゃない。
なんか痛ましくて。
それで観てるこちらとしては、逆に、アリエッティへ一気に感情移入してしまった感じがしました。
もちろん、ホミリーも娘を傷つけたいわけではありません。
人間に見つかったら、家族の暮らしが全部壊れてしまう。
その恐怖が大きすぎて、自分の感情を止められなかったのよね。
ホミリーの弱さや身勝手さも含めて、ものすごく人間っぽいお母さんでした。
小人だけど。
ハル/樹木希林さん
屋敷で働いているお手伝いさんです。
以前から、家の中に何かがいるのではないかと疑っていたみたい。
そして小人の存在に気づくと、
「ねえ、この辺りにネズミ捕りの業者いるかしら……」
ちょっと待て。
相手、小人やで。
会話もするし、服も着てるし、台所も使ってるで。
もちろん悪気はないんだけど……いや、悪気ある顔してるやん!
なんなの、その捕まえたくて仕方ない感じ。
ハルさんは、小人が怖いというより、自分の考えが正しかったことを証明したくて仕方がないのね。
ずっと何かいると思っていた。
だから、捕まえて見せて、「ほら、私の言った通りでしょ」と言いたかったのかもしれないわね。
とはいえ、ホミリーを瓶に閉じ込めて、ネズミ捕り業者まで呼ぶのは、さすがにやりすぎよね。
でも、このハルさんの行動によって、小人たちが人間を恐れる理由が、ものすごく分かりやすく描かれていました。
翔君みたいな人もいる。
貞子さんみたいな人もいる。
でも、ハルさんみたいな人もいる。
どの人間に見つかるかを、小人側は選べないのよね。
貞子/竹下景子さん
翔君の大叔母で、静養のためにやってきた翔君を屋敷へ迎え入れます。
穏やかで優しい女性で、昔から、この屋敷には小人がいるかもしれないという話を聞いて育ちました。
貞子さんの父親は、小人たちのためにイギリス製のドールハウスを作らせたといいます。
家具も食器も揃っていて、台所には本当に火が使えるコンロまである。
なんと、小人たちがいつ姿を現してもいいように、全部用意して待っていたんだって。
素敵なおじいさんよね。
ずっと、小人が姿を見せてくれるのを待っていたの。
でも、小人たちは、そこには住みませんでした。
人間から見れば、あんなに立派で快適な家はないと思う。
でも、小人からすれば、あのドールハウスは、人間の目の前に置かれた家なのよね。
いつでものぞかれる。
いつでも触られる。
いつでも家具を動かされる。
豪邸ではあるけれど、自由な家ではないのかもしれないわね。
小人に喜んでもらいたい人間の気持ちと、人間から隠れて暮らしたい小人の気持ち。
どちらも悪くないんだけど、見事にすれ違っているのよね。
スピラー/藤原竜也さん
外でけがをして動けなくなったポッドを助けてくれた小人です。
弓矢を持ち、野外で食べ物を集めながら生活しているように見えます。
アリエッティ一家のように、人間の家の中からものを借りて生活しているわけではなさそう。
一人で行動しているけれど、本当に一人きりなのか、ほかに仲間がいるのかは分かりません。
年齢も明らかにされていないけれど、見た感じではアリエッティと同じくらいなのかしら。
言葉も少ないし、最初は、なんか野生児出てきたって感じだったんだけど、実はこのスピラーの存在、ものすごく大きいのよね。
アリエッティ一家は、自分たち以外の小人はもうほとんどいないのではないかと思っていました。
でも、スピラーがいた。
しかも、人間の家に依存しなくても生きていける小人がいた。
アリエッティたちが住む場所をなくし、頼れる小人仲間も多くはいない状況で、そこに現れた野性味あふれる彼の存在は、とっても大きかったわね。
「借りぐらし」って、結局どういう暮らしなの?
アリエッティが「初めての借りよ」と言った時、最初は何のことだか、正直ぴんと来なかったのよね。
人間の家から角砂糖やティッシュを持って帰る。
それ、借りるって言うの?
返さないよね?
持っていかれた人間からすれば、普通に盗まれたって思うんじゃないの?
でも、このお話や、原作を読まれた方の感想などを拝見しているうちに、なるほどな~って、ママなりに分かってきたことがあります。
小人たちにとっての「借り」とは、人間の持ち物を何でも好き勝手に持っていくことではなさそうなの。
人間がなくなったことに気づかない程度のものを、生きるために必要な分だけ少しもらう。
人間の生活を壊さない範囲で、その余白を使わせてもらう。
そんな感覚なのではなんじゃないかな。
だから、絶対に守らなければならないルールがあるのよね。
まず、小人の存在を、人間に知られてはいけない。
物が見当たらないだけなら、人間は「どこかに置き忘れたかな」と思うかもしれない。
でも、床下に小人がいて、その小人が持っていったと分かった瞬間、「なくなった」ではなく「盗まれた」になるのよね。
同じ角砂糖一個でも、誰かが取ったと分かれば、人の心には怒りや憎しみみたいなものが生まれるかもしれない。
次から何かなくなるたびに、小人のせいにするようになるかもしれない。
本当に小人が取ったかどうかなんて関係ない。
「あいつらが取ったに違いない」という目で見始めるの。
そういうところってあるじゃない。
だから、小人たちの借りぐらしは、人間に存在を知られないことによって成り立っているのは間違いないのよね。
そして、借りるものは、人間がなくても困らない程度のものでなければならない。
砂糖全部とか持っていったらあかんのよ。
一個だから成立しているの。
ティッシュ一箱ではなく、数枚だから成立しているの。
そこには、小人なりの節度があるのよね。
翔が優しい人でも、一緒には暮らせないの?
一度目に観た時、アリエッティ一家が最後に引っ越してしまうことについて、ママ的には、かなり不満が残りました。
翔君、いい子やん。
貞子さんも小人の存在を信じてくれそうやん。
ハルさんだけ何とかしたら、住み続けられるんちゃうの?
できれば、人間と小人がコミュニケーションを取りながら、信頼関係を築いていくところを見たかったのよね。
でも、いろいろ考えているうちに、やっぱり違う気がしてきたの。
翔君や貞子さんが「少しくらい自由に持っていっていいよ」と言ってくれたとしても、その瞬間から、小人たちの生活は、人間の許可の上に成り立つことになっちゃうじゃない。
人間が食べ物を与え、人形の家を用意し、生活を守ってあげる。
一見すると、優しくて、まあいい感じの共存に見えるかもしれない。
でも、変に「私は了見が狭くありません」風の人から、養ってやっている感なんか出された日には、なんか飼われてるみたいで嫌じゃない?
小人たちは、自分で危険を冒し、自分で必要なものを集め、自分たちの判断で暮らしているのよね。
不便でも、危険でも、それが彼らにとっての自由なのかもしれないわね。
翔君がドールハウスの台所を勝手に設置したことも、翔君としては優しさなのよね。
小人たちが、もっと快適に暮らせるようにしてあげたい。
でも、小人側には、脅威にしか映らなかった。
人間が勝手に屋根を開けて、勝手に中へ入り、勝手に家を変えたの。
これはもちろん、翔君が悪いという話ではないの。
翔君が優しいかどうかだけでは、小人一家の安全は守れないのよね。
翔君が秘密を守っても、ハルさんには見つかっちゃった。
翔君がこの屋敷を離れた後、別の人間が床下を調べるかもしれないわ。
小人たちは、人間一人の善意に、自分たちの命を預けるわけにはいかないのよね。
だからポッドは引っ越しを決めた。
住み慣れた家を失う悲しみよりも、家族が自由に生きられる場所へ移ることを選んだということかしら。
人間もみんな「借りぐらし」なんじゃないの?
この借りるとか盗むとかいう話を深く考えそうになると、なんだか気分がどよ~んとしてくるのよね。
なんでかな~って考えると、ママ自身も、いろいろなものをお借りしながら生かさせてもらっているわけで。
食べ物をいただく。
水を使う。
土地を使う。
木を切り、石油を使い、ほかの生き物たちの命までいただいて生きている。
でも普段、それを「借りている」とは、あまり考えないじゃない。
でも、お金を払ったていたとしても、実際にはお借りしているというものって結構多いんじゃないかな。
食事としていただく生き物たちの命だってそうかもしれないわよね。
そう考えると、人間だって、いろいろなものを借りながら暮らしているのよね。
アリエッティたちは、自分たちが人間のものを借りていることを知っています。
でも、それが日常になれば、毎回毎回、感謝で胸いっぱいというわけでもない。
当たり前のように角砂糖を取り、ティッシュを使い、それで暮らしている。
その姿が、なんだか人間の営みと同じように見えなくもない。
私たちも、本当は多くのものに支えられている。
でも、毎日の暮らしの中では、それが当たり前になって、感謝することを忘れている。
アリエッティたちの小さな暮らしは、私たち人間の生活を、そのまま分かりやすく縮めて見せてくれているのかもしれないわね。
原作を読まれた方の感想などを見ていると、「家の中で物がなくなった時、小人が思いもかけない方法で使っているのだと考えたら、わくわくする」というようなことを書かれている方が結構いらっしゃったわ。
確かに、なんか感じるのよね。
「どっかなくなった~!」って大騒ぎしてるより、「誰かに盗られたんちゃうか」と疑っているより、「床下の小人が、何か面白いことに使ってるんかもしれん」と考えてみることができれば、多少は嫌な気持ちが紛れるかもしれない。
ものがなくなったという出来事は同じなのに、見方を変えるだけで、世界がちょっと優しく、不思議になるのよね。
翔君はなぜ生きる希望を持てたの?
翔君がアリエッティに言った「君は僕の心臓の一部だ」ってところは、いろんな考察があげられているわ。
ママ的にはこんな風に思うの。
翔君は、アリエッティのおかげで、生きる勇気が湧いてきたと話してたわね。
あれはね、人はなぜ生きるのか、という話につながっているように思うの。
人は、自分以外の誰かのために動こうと思った時、恐れが和らいだり、気持ちが少し楽になるのを感じたりすることがあるわよね。
じゃあ、周りの誰かにとって、自分自身は何なのかというと、その「誰か」になれるのよね。
例えば、ママの子供がそこにいる。
ママが「我が子のために」と思って生きるかどうかは、子供の側からすれば、知らんがなって話かもしれない。
でも、その子がそこにいてくれなければ、ママは「その子のために」という生き方を選ぶことはできないのよね。
だから、その子は、何か特別なことをしなくても、そこにいるだけで、ものすごく大きな価値があるの。
「自分には何の価値もない」っていう言葉は昔から聞かれるけれど、そこにいるだけで価値があるというのは、こういうことだと思うのよね。
あなたがそこにいてくれることで、周りの誰かが、「あなたのために生きたい」「あなたのために何かをしたい」という生き方を選ぶことができる。
翔君は、これまでずっと体が弱く、周りから心配される側だって、自分自身のことをそんな風に思っていたんじゃないかな。
自分は周りに心配をかける存在なんて風に思っていたのかもしれない。
翔君は、自分がそこにいるから、自分の周りの人たちは「翔のために」って思って心を働かせることができるんだって思えればそれが一番だと思うんだけど、それはあまりに難しいわよね。
でも、アリエッティが現れたことで、翔君は初めて、自分が助ける側に立つのよね。これなら、さっきのような難しい考え方に至らなくてもできそうだし、そうすると、心って元気になってくるのよね。
角砂糖を返そうとする。
小人の家を快適にしようとする。
ハルさんに捕まったホミリーを助ける。
アリエッティたちを逃がすために、苦しい体で必死に動く。
体はつらかったと思うのよ。
でも、その時の翔君は、ただベッドで自分の病気のことを考えていた時より、明らかに生きていたのよね。
アリエッティのために動くことで、翔君の心が元気になっていったのは、観ていて明らかだった。
だから、アリエッティと離れ離れになることは、確かに悲しいし辛かったに違いない。
でも、アリエッティとの出会いによって思い出した生き方まで、失われるわけではないのよね。
一度「誰かのために」という気持ちを思い出した翔君なら、これからは、アリエッティ以外の誰かにも、その気持ちを向けられるんじゃないかな。
海外出張で不在がちのお母さんでもいい。
自分を迎えてくれた貞子さんでもいい。
ここで働いているハルさんでも……まあ、ハルさんは、ちょっと後回しでもいいか。
誰かのために生きたいと思う気持ちが芽生えたことで、翔君は、生まれてきて学ばなければならなかった課題を一つクリアしたのではないかなと思いました。
借りぐらしのアリエッティを観た感想まとめ
『借りぐらしのアリエッティ』は、人間の家から物を借りなければ生きられない、小さな一家のお話です。
「借りぐらし」っていう言葉だけを聞くと、自分の力では生きられず、誰かのものに頼って暮らしているような、少し悪い響きを感じるかもしれません。
でも、誰かから何かを受け取って生きているからといって、何も返していないわけではないのよね。
アリエッティは、翔君の家から角砂糖やティッシュを借りています。
翔君からも、助けを受け取ります。
でも翔君もまた、アリエッティがそこにいてくれたことで、「この子のために何かをしたい」という気持ちを持つことができたのよね。
小さなアリエッティの存在が、翔君の心を動かし、生きようとする力を引き出したのは間違いないと思う。
アリエッティは、ただ、目の前にいただけ。
でも、そこにいてくれたことで、翔君は無意識のうちに「誰かのために」を実践した。
人は、何か特別なことをしなければ価値がないわけではない。
生きてそこにいるだけで、周りの誰かに、「あなたのために生きたい」と思わせることがある。
いただいたそのものをお返しするわけではない。
でも同時に、自分が存在することで、誰かの心を支えていることもある。
自分がそこに存在しているだけで、それが、お返しになっているんじゃないのかな。
アリエッティは、翔君の心の本来の姿を蘇らさせたのよね。とっても大きなお返しじゃない?
『借りぐらしのアリエッティ』は、人間と小人が仲良く一緒に暮らす物語ではありませんでした。
二人は出会い、そして別れます。
でも、一緒にいられなかったからといって、出会いに意味がなかったわけではありません。
アリエッティは、新しい世界へ旅立つ。
翔君は、自分の人生を生きる力を受け取る。
相手を自分のそばに置いておくことだけが、相手を大切にすることではないのよね。
アリエッティたちは、人間のものを借りて暮らしている。
でも、その小さな存在は、人間に何も返していないわけではない。
そこにいるだけで、翔君の心に、生きる力を残したの。
借りて生きていてもいい。
誰かに助けてもらっていてもいい。
何も返せていないように感じていても、あなたがそこにいることで、誰かが「あなたのために」と思えることがある。
「誰かのために」と思えた人は、強くなれるわ。
『借りぐらしのアリエッティ』は、そんなことを伝えてくれるお話だったように思います。
今日も最後までご覧いただいてありがとうございます。


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